第248話 海の魔物の嫌がらせ

 海の魔物に襲われていた漁師を救い、歓迎の宴を開かれたレストであったが……その日も旅館で一夜を明かした。

 宴が終わって一息ついてから温泉に浸かり、部屋でゆっくりと疲れを癒す。

 その日は温泉で突発的遭遇をすることはなかった。

 安堵したような、残念なような……複雑な心境である。


「大変だあ! 伯爵様、大変だあ!」


 しかし、翌朝になって朝食を摂っているところで、村人が旅館に駆け込んできた。

 名前は知らないが……昨晩の宴で酒を勧めてきた男である。


「どうかしたのか、また魔物か?」


「あ、ああ……いや、違うかもしれない。とにかく、ちょっと来てもらえるかい?」


「別に構わないが……」


「よし、こっちだ!」


 男が先導して、レストを旅館から連れ出した。

 一緒に酒を飲んだからか、妙に遠慮が無くなっている気もする。

 元・平民のレストはそこまで気にならないが、高圧的な貴族であれば、こんな扱いをされたら怒り狂っていただろう。


「ここは……?」


 連れていかれたのは、村から少し離れた場所にある海の沿岸。

 そこには太い木の棒が並べられており、海の上に何かの装置が築かれていた。

 しかし……その装置らしき物の一部が無残に破壊されており、木片が浜に打ち上げられている。


「ここは貝の養殖場なんです」


 村人が半壊した木の装置を見つめて、悔しそうに口を開く。


「養殖? 養殖をしているのか!?」


「はい、牡蠣という貝を養殖していたんだ。これもサナダ夫人の提案ですよ」


「翔子の……しかも、牡蠣だって?」


「ああ……あの海の上に設置した棒から重しを付けたロープを垂らして、そこで稚貝を育てていたんだ。色々と試行錯誤しながらやっている最中で、ようやく成果が出てきたところだったんだが……」


「それが何者かに破壊されたってわけか……」


 その何者かの正体は疑うまでもないだろう。

 昨日、戦った魔物である。


「酷いな……もしかして、昨日の復讐のつもりなのか?」


 昨日、魔物を追い払うためにレストは雷魔法を撃ち込んでいる。

 その報復として、この養殖場を破壊していったのではないか。


「ここが人間の大切にしている場所だとわかってやったのなら、本当に性質が悪い奴だな……」


 逃げたり泣き寝入りしたりするのではなく、わざわざ嫌がらせをしてくるのが嫌らしい。

 やはり、あの魔物はこの村にとって危険な存在のようだ。

 仮に追い払ったとしても、別の場所で人間に悪さをするに違いない。絶対に倒さなくてはなるまい。


「ここで牡蠣ができるのをサナダ夫人は楽しみにしてくれていたんですよ……わざわざ私財を投じて、村のためにってやってくれたのに……!」


 王太后……真田翔子も田舎の海がある町の出身らしいし、彼女の故郷でも牡蠣の養殖が行われていたのだろう。

 その知識を使って村の振興のために励んだ翔子の意思を踏みにじられたのは、レストとしても気分が良いことではなかった。


「やっぱり、討伐しなくちゃ……問題はどうやって倒すかだな」


 水属性の敵の弱点といえば雷属性だが、実際に海に雷を撃ち込めば拡散してしまって大したダメージにはならない。

 鮫避けのように追い払う効果はあっても、倒すのは難しいだろう。

【星喰】は近接戦でしか使えないし、【天照】のレーザーも水で散ってしまって威力は軽減される。【炎産神】ならば倒せるかもしれないが……被害が大きすぎて、村に二次被害が起こりかねない。


(水蒸気爆発によって津波が生じるが、それとも海洋生物が死んでしまって漁獲量が減るか……ロクな結果にならないのが目に見えるな)


「……ちなみに、こういう養殖場は他の場所にもあるのか?」


「ありますよ。まだまだ軌道に乗ってはいませんけど、向こうに真珠の養殖場があります」


「……あるのか」


 実はこの村、すごく進んでいるのではないだろうか。

 レストは呆れ半分、感心半分で溜息を吐き……魔物を倒す方法について思案するのであった。

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