第247話 宴会ですが金の卵を見つけました

 結局、その日は村中の怪我人を治療することになった。

 普通の魔術師であったのなら、魔力枯渇を起こしてもおかしくないような人数だったが……無限の魔力を持ったレストにとっては難しくないことである。

 日暮れまでには全員を治療することができて、旅館に戻っていった。


「クローバー伯爵様! どうぞお召し上がりください!」


「村の秘蔵の酒です! お口に合えば良いのですが……!」


 そして……その日は宴会になった。

 旅館の大広間に座ったレストとセレスティーヌの前には、大量の魚料理が置かれている。

 広間には村中の男女が集まっていて、平伏しながら料理や酒を勧めてきた。


「伯爵様はこの村の恩人でございます! どうぞ、好きなだけ滞在してくださいませ!」


「本日、獲れたばかりの魚です……多くは魔物のせいで失ってしまいましたが、どうにかこれだけは確保できした。どうぞ、どうぞ……!」


「あ、ああ……いただくよ……みんなも適当に食べてくれ」


「「「「「ハハアッ!」」」」」


 村人は恐縮しきった様子である。

 まるで神か何かを崇めるように、ひたすらに頭を下げてきた。


「何というか……ある意味、すごく居心地悪い村だよね……」


「ま、まあ、皆さん良い人だとは思いますけど……」


「うん……それはそうなんだろうけどね……」


 レストは隣に座ったセレスティーヌと苦笑いを交わす。


「お刺身でございます! どうぞ、どうぞ……!」


「さあさあっ! お酒も一献……!」


「奥様もどうぞ、お召し上がりくださいませ!」


「いや、俺達は別に夫婦では……うん、刺身はもらうけどね」


 料理は美味かった。

 昨日の夕食も美味しかったが……今日はそれ以上に豪勢である。

 村中の人間達が食材や酒を持ち寄っており、レスト達に振る舞っていた。


「魔物のせいで結構、大変そうなんだけど……こんなにごちそうしてもらって、大丈夫なのか?」


「たぶん、大丈夫ではないと思いますよ」


 レストの疑問に、セレスティーヌがそっと小声で答える。


「おそらく、少ない食料をどうにか掻き集めてくれたのだと思います。それだけ、レストさんに感謝をしているのでしょう」


「…………」


 感謝をしてくれるのは嬉しいが……正直、ここまでしてもらうのは申し訳ない。

 自分に食料をごちそうしたせいで餓死とかされたら、寝覚めが悪いにもほどがある。


「セレスティーヌ嬢……申し訳ないんだけど、この村に食料を援助することはできるかな? もちろん、金は俺が持つから」


「もちろん、可能です。私の方で手配しておきますわ」


 レストの頼みをセレスティーヌが快諾する。

 正直、見知らぬ村に対してここまでしてやるのは、お人好し過ぎるような気がした。

 ただ……少なからず関わった人間が苦界に陥るのを見過ごせるほど、レストは薄情にはなれなかった。


(自己満足だとはわかっているけど……まあ、これくらいはしてやっても良いよな)


 今のレストには使い切れないような金がある。

 その一部は、ローデルから譲渡された王太后の遺産だった。


(元々、翔子からもらったような金だ。だったら、彼女の愛した村に還元してやっても問題はないだろう)


「そこまで深く関わるのであれば、いっそのこと村ごと買い上げてしまった方が良いかもしれませんね……」


「村ごとって……え? 買えるのか?」


「この土地を所有している領主次第ですね。頑なに土地を手放さない人もいれば、領地も爵位も簡単に手放してしまう人間もいます。こちらの旅館や料理が気に入ったのであれば、いっそクローバー伯爵家の別荘地として領有してしまっても良いかもしれません。私の父も本領以外に領地を所有していますよ?」


「そうなのか……」


 大貴族となれば、いくつもの領地や爵位を持っていて当然。

 改めて、クロッカス公爵家のスケールの大きさを見せつけられた心境である。


「まあ、その辺りはおいおい考えるということで……」


「さあさあ、どうぞ飲んでくだされ!」


「ああ、飲むよ……」


 村人が注いでくれた酒にレストは口を付けた。


「ん……コレって……?」


 飴色の液体を舐めるように口に入れて、レストはわずかに目を見張った。

 この国には酒の年齢制限はない。レストも何度か飲酒は経験しているのだが……この酒はこれまで飲んだ物に比べて、やけに強く感じた。


「珍しいお酒ですね。ワインでもエールでもないようですけど……」


 セレスティーヌも同じように酒に口を付けて、不思議そうな表情をする。

 この国で広く普及している葡萄や麦の酒とは違う。どうやって作った酒なのだろう。


「ああ、この酒は畑で採れた芋で作ったんだよ。普通の酒より強いのは、熱を加えているからだねえ」


「熱を……もしかして、蒸留酒なのか?」


 レストは驚いて目を見開いた。

 この国の酒はワインなどの『醸造酒』と呼ばれる物が中心である。

 熱を加えてアルコール度数を高くした蒸留酒は一般的に普及していない。


「蒸留酒……聞いたことがあります。帝国で生産されている度数の高いお酒ですね? まさか、この国で同じような物が作られているだなんて……」


「セレスティーヌ嬢も蒸留酒のことを知っているのか?」


「はい。帝国から輸入される高価なお酒です。王族や一部の貴族しか口にできない貴重品で、どうにか製法を知りたいと思っているのですが……帝国のガードが固くて、なかなか探ることができないのです」


 どうやら、この世界にも蒸留酒はあったようである。

 考えてもみれば……転生者が少なからずいる世界なのだから、別に不思議はなかった。


「この酒の作り方はサナダ夫人が村に伝えてくださったんだよ。生憎とそこまでたくさん作ることができないので、祝いの席に出すだけだがね」


「…………」


 芋から作ったという蒸留酒……日本の焼酎にも近い酒がこれまで出回らなかったのは、量が少なくて村人が外に売り出すほどの余裕がなかったからだろう。

 もしもこれを大規模に生産することができたのなら、どれほどの利益を生み出すことだろう。


「……レストさん、この件は私に任せていただきますか?」


 同じ事を考えていたのか、セレスティーヌが囁いてくる。


「悪いようにはいたしません。利益が出たら、レストさんにも還元させていただきます」


「……頼んだ」


 田舎の漁村に隠されていた金の卵。

 王太后の足跡が残るその村は、想像していた以上に価値があったようである。

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