第246話 怪我人も治療します

 海の魔物を取り逃してしまい、レストは村に戻ってきた。

 ついでに魔法を使って無事だった漁船を引っ張ってきて、浜辺にあげる。


「レストさん、大丈夫でしたか?」


「俺は問題ないよ。溺れていた漁師の人達はどうかな?」


「先ほど、手当てを済ませたところです。皆さん、命に別状はありません」


 浜辺には漁師の男性達がいて、家族や仲間と生き残った喜びを分かち合っている。


「あ、ありがとうございます……貴族様。おかげで、村の者達はみんな無事でした……」


 村長らしき老人がレストのところにやってきて、頭を下げてくる。


「この御礼は必ず……本当にありがとうございますじゃ……!」


「いえ……気にしないでくだ、あー、気にしないでくれ」


 敬語で話しそうになって、口調を改める。

 いくら年長者であるとはいえ、こちらは貴族だ。敬語で話したりしたらかえって恐縮させてしまうだろう。


「それよりも……怪我人を治療した方が良いのでは?」


 溺死した人間こそいないものの、船に身体をぶつけたりして怪我をしている人間はいた。

 早めに治療をするに越したことはない。


「はあ……そうしたいところですが、ウチの村には治癒師も薬師もいなくて……他所の町に頼めるほどの金もありませんので……」


「あー……そうなのか」


「一応、行商人から薬を買ったりはしているのですが……これまでの怪我人の治療で使ってしまいまして……」


 一般的な農村や漁村はそんなものなのだろう。

 治癒魔法ができる人間、薬の知識がある人間がいない村も珍しくないようだ。


「仕方がない。ここは俺が治療しようか」


「よろしいのですか、レストさん」


「ああ、乗り掛かった舟だからな」


 セレスティーヌが確認してくるが、頷きを返しておく。

 通常、治癒魔法による手当てにはそれなりの報酬が発生する。

 専門的な技術なのだから、安売りをするようなものではない。


「ここで見捨ててしまったら、今後、この村に滞在しづらくなるからな……ここは王太后陛下にならうとしよう」


 王太后……翔子もこの村には色々と支援をしていたのだ。

 同郷のよしみということで、ここはレストが骨を砕くとしよう。


「そういうわけだから、怪我人を診せてくれ」


「あ、ありがとうございます! ありがとうございますじゃあ!」


 村長が恐縮しきった様子で、何度も何度も頭を下げてくる。

 レストは肩をすくめて、砂浜に寝かせられている怪我人のところにいく。

 手前に寝かされていたのは日焼けした高齢の男性。怪我した足から血が流れている。


「【治療】」


 レストが治癒魔法を発動させると、光が漁師を包み込む。

 光が消えると、足の怪我がなくなっていた。


「な、治ったぞ!」


「すごい、貴族様は魔術士様だったんじゃ!」


 レストの魔法を見て、村人達が口々に賞賛の声を上げる。


「ありがたや、ありがたや……」


「まさか、死ぬ前に魔術師様に会えるとはのう。ありがたいことじゃ……」


 一部の村人など、手を合わせて拝んできた。

 まるで仏様のような扱いである。ここまで感謝されると、嬉しさよりも居心地の悪さが勝ってしまう。


「さっさと治療して、旅館に戻ろうかな……」


 レストは気まずさに耐えかねて、スピーディーに治療していく。

 レストは決して、治癒魔法が得意というわけではない。

 しかし、無限の魔力によってカバーすることができるため、負担はまるでなかった。


「あ、あの……貴族しゃま……」


「ん……?」


 怪我人を次々に治療をしていると、誰かが上着の裾を引っ張ってきた。

 振り返ると、そこにいたのは最初に魔物退治を頼んできた少女である。


「私のお父さんも……おうちで、寝てる。けがして……」


「ああ……わかったよ」


 本当に乗り掛かった舟である。レストは肩をすくめて了承した。


「君の家にも治療に行こう。後で案内してくれ」


「やった!」


「すみません、貴族様! 娘が無礼なことをしてすみませんんんんんっ!」


 華やいだ声を上げて喜ぶ少女に対して、母親は顔を真っ青にして何度も謝罪を繰り返すのであった。

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