第249話 魔物を探して海の上

「さて……どうしたものかな?」


 空を浮遊しながら、レストは懊悩する。

 眼下には青い海が広がっている。断続的に潮騒の音が響いて、頭上を海鳥が飛んでいた。

 天気は良いが、もう冷え込む時期である。

 冷たい風がレストの身体を撫でてきて、魔法で空気の層を作って防御していなければ凍えてしまっただろう。


「当たり前だけど……海って広いな。ここから魔物一匹を探すのは面倒そうだ……」


 魔物は巨大であるとはいえ、海はそれ以上に広大だ。

 もう二時間以上も【気配察知】の魔法を使用して探し回っているのだが、いっこうにそれらしい気配を掴めなかった。


(海底に潜っているのであれば、そもそも【気配察知】が届かない可能性もあるからな……)


 前世のテレビ番組でクジラを追いかけて撮影するという自然系ドキュメントがあったが、今のレストはそんな気分である。

 捜索をしているのがレスト一人きりしかいないため、労力はより大きいかもしれない。


(クジラみたいに潮を吹いてくれたらわかりやすいんだけど……そもそも、あの魔物は肺呼吸なのかエラ呼吸なのかどっちなんだ?)


 クジラやシャチ、イルカのような海洋性の哺乳類であれば、息継ぎのために海面に上がってくることもあるだろう。

 しかし、エラ呼吸をする魚の仲間であれば延々と潜り続けて、浮かんでこない可能性もあった。


(見た目は……そう、巨大な蛇のように見えたな。あるいは、『龍』か)


 鱗の生えた長い身体とヒレ。

 全容は見えなかったが、その姿は東洋の龍とよく似ていた。


「シーサーペント……海竜か」


 レストは記憶から一匹の魔物についての情報を引き出した。

 シーサーペントというのはクラーケンと並び、海において最強と呼ばれる魔物である。

 ドラゴンの亜種と思われているが……実際のところはどうかわからない。

 出現例が少なく、討伐例はより少ない。シーサーペントが討伐された記録はほとんどなく、情報量があまりにも少ないのだ。


(海は向こうの世界でも謎ばかりで、わかっていないことが多かったそうだからな……この世界であればなおさらか)


 魔物を探すこと。

 魔物を倒すこと。

 どちらの目途も立っていない。

 できるだけ漁村に影響を与えることなく、先日のように逃がすこともなく魔物を退治する魔法も思いつかなかった。

 無限の魔力なんてあったところで、結局は自分が矮小な人間であると思い知らされた心境である。


(とはいえ……泣き言は口に出せないか。やれるだけのことはやらないとな)


「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 海面近くまで高度を落としたところで、海から大きな影が飛び出してくる。

 例の魔物ではない。サイズはゾウよりもやや小さい程度で比べ物にならない。

 頭部に一角を生やした鮫のような生き物が、海の上を浮遊しているレストに喰らいついてくる。


「【風刃】」


「ガッ……」


 あらかじめ気配を察していたレストは一角鮫の牙をあっさりと回避して、返す刀で魔法を放った。

 鋭い風の刃が一角鮫の頭部を切断して、海に真っ赤な血が広がっていく。


「良いお土産ができたな。なかなか、食べ応えのありそうな魚だ」


 レストが一角鮫の胴体を回収する。

 これが鮫の一種であるとすれば、たぶん食べられるだろう。

 鮫料理といえばフカヒレが定番だが、カマボコなどの原材料としても使われる。

 実際に食べたことはないが……フライや煮つけ、刺身でも食べることができると聞いたことがあった。


「お?」


 魔法で浮かべた鮫を持って漁村に帰還しようとするが……そんなレストの感知にいくつもの気配が引っかかる。

 大小いくつかの気配。大きさはこの鮫と同程度か少し小さいくらいである。


「ガアッ!」


「ガアアアアアアアアアアアアッ!」


 現れたのは数匹の一角鮫だった。

 仲間の仇討ちに来たのか……そう思ったレストであったが、一角鮫は海面でバシャバシャと水を掻き、争うように斬り落とした鮫の頭部を喰らっている。


「うっわ……共食いだよ……」


 どうやら、血の匂いに釣られて出てきたようだ。

 鮫は血の匂いに敏感と聞いたが、本当だったようである。


「まあ、良いか……持てるだけ持って帰ろう……」


 レストは凄惨な光景に顔をしかめつつ……もう一、二匹持って帰ろうかと風の刃を放った。一角鮫の首が切断されて血が広がる。

 魔物のせいで漁に出られなくなり、食料に困っている漁村だったが……これでしばらくは食べていけるだろう。

 セレスティーヌが支援物資の確保をしてくれているし、誰も飢えることなく済みそうである。

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