第170話 平原を舗装していきます

「【火嵐】【硬化】【石壁】」


「【火嵐】【硬化】【石壁】」


「【火嵐】【硬化】【石壁】」


 平原中心部に生えている雑草を焼き払い、地面を舗装する作業を延々と繰り返す。

 昨日、腐食獣を始めとした魔物を大量に倒したこともあり……今日はそれほど魔物が出てくることはなかった。

 作業の工程が増えたにもかかわらず、順調に進むことができている。


「【火嵐】【硬化】【石壁】」


「【火嵐】【硬化】【石壁】」


「改めて……すごいな。君の魔力は」


 作業中、魔物の警戒をしていたアイシスが口を開いた。


「三つの魔法を繰り返しで使っているのに、いまだに魔力が尽きる様子がない。特に【火嵐】は上級魔法で、消費する魔力も少なくないだろうに……いったい、君の身体はどうなっているんだ?」


 最初こそ感心していた様子のアイシスだったが、今では呆れた顔になっていた。

 学園の生徒であれば、上級魔法を数回撃つことができたら優秀とされている。十回も撃てるのなら、宮廷魔術師にだってなれるだろう。


「レスト、君の魔力は賢人議会の賢者にだって匹敵するだろう……正直、恐れ入るよ」


「多いのは魔力量だけですけどね。出力や技術であれば、俺よりも上の魔法使いはいくらでもいますよ」


 実際、魔力量以外ではレストはアイシスに勝つことができない。

 魔法の発動速度もアイシスが上だし、同じ魔法をぶつけ合ったら確実に負けることだろう。


(魔力量では圧倒しているはずのローデルにだって苦戦したからな……やっぱり、持続力だけじゃ魔法戦には勝てないってことだよ)


 陸上競技でいうのなら、レストは長距離走選手なのだ。

 スタミナは無尽蔵であるが短距離走のスピードを競えば、上回る人間は大勢いるに違いない。


「アイシスさんだって、小細工なしで真っ正面から戦ったら俺よりも強いですよね?」


「君が簡単に負けるとは思えないがな。謙遜をしてくれる」


 アイシスが肩をすくめた。

 執行部のリーダーであるアイシスは魔法科の生徒でトップの実力者。

 宮廷魔術師にも相当する能力を持っていた。


「レストは謙虚な性格だからな。もっと自分を誇っても良いと思うんだけど……モグモグ」


「ユーリ……お前は何を食っているんだ?」


 一方で、ユーリがモグモグと何かを咀嚼しながら会話に加わってくる。

 先日、食いしん坊属性を獲得したユーリの手には真っ赤な果実が握られていた。


「ああ、さっき草むらで木苺を見つけたんだ。レストも食べるかな?」


 ユーリが笑顔で果実を差し出してくる。

 赤々として鮮やかに色づいた木苺からは酸味のある香りが漂ってきており、とても美味しそうだったが……。


「……デカいな」


 それは間違いなく木苺の形をしているというのに、大きさはリンゴほどもあった。

 おまけにずっしりと重くて、まるで砲丸でも持っているかのような重量を感じさせてくる。

 おそらく、これも魔境の魔力を吸って異常成長しているのだろう。

 先ほどから草むらを焼くばかりだったので気がつかなかったが、もしかすると雑草に紛れて同じような果物があったのかもしれない。


「うっわ……マジかよ……」


「ユーリは勇気があるのだな……いきなり齧りつくのは不用心だが」


 リュベースがドン引きした顔をしており、アイシスも苦笑いをしている。

 アーギルとレイルは会話に加わることなく、遠巻きにしていた。


「二人も食べるかな? たくさん見つけたから分けてあげるよ?」


「いらねえから、こっち来るな!」


「ム……私にもくれるのか……」


 リュベースが噛みつくように言って、ユーリから距離を取る。

 アイシスは受け取りこそしたものの、口を付ける様子もなくいぶかしげに果実を見下ろしていた。


「美味しいんだけどな……残念だな」


 昨晩も魔獣の肉を躊躇うことなく食べていたし、ユーリは侯爵令嬢のわりに何でも食べられるようである。


「……まあ、魔法で解毒はできるからな」


 レストは意を決して、大きくて重い木苺を齧った。

 果肉が舌の上に飛び込んできた途端に、口内で弾ける酸味と甘味。


「う……これは、クセが強いな……」


 酸っぱくて、甘くて……何とも形容しがたくて脳が処理できない味である。

 不味くはないのだが、美味いとも断言できない。前世で、渋柿をうっかり食べてしまった時のことを思い出す。

 ただし、木苺の種の部分までもが大きくて、ザラザラしているのが不快であることは間違いない。


「面白い味だろう。私は嫌いではないよ」


「……そうか。まあ、このまま食べるのには抵抗があるな」


 レストが何とも言えない表情になり、食べかけの木苺を見下ろした。


「うーん……これはジャムやジュース、あるいはドライフルーツにしたら食べやすいかもしれないな」


 あるいは、果実酒も良いかもしれない。

 濃厚な果実の酸味は水割りにするくらいでちょうど良い気がする。


「ああ、良いな! 帰ったら試してみよう。ヴィオラとプリムラが喜ぶぞ!」


 ユーリは嬉々として、いくつかの木苺をお土産として確保している。

 あの木苺を持ち帰ったら、ヴィオラとプリムラはさぞや驚くことだろう。


「もしも上手く加工できたら、新しい特産品になるかもしれないな……」


 特産品ができれば、領地の収入にもなるだろう。

 新しい名物を生み出すと思えば、ユーリの食いしん坊っぷりも役に立つ。


「ただ……あまり変な物を拾い食いするなよ」


「あ、蛇がいるぞ。アレも焼いて食べてみるか?」


「やめろ!」


「シャアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 草むらから出てきた大蛇にユーリがヨダレを垂らすが……慌てて魔法で攻撃する。

 ユーリの舌はそれなりに信用しているが、こんなものを持って帰ったらヴィオラとプリムラを卒倒させてしまう。

 食べることもできないくらいにしっかりと焼いて、炭化させておいたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る