第87話 プリムラと庭園デートします
魔法によって最大限に速度を上昇させ、レストは街道を走り抜けた。
途中で迷子になることも、ウサギのように居眠りをすることも、空から落ちてきた謎の美少女に遭遇することもなく……無事に目的地に到着したのである。
「あ、お帰りなさい。レスト様」
「ハア、ハア……ただいま、プリムラ」
ローズマリー侯爵領にある屋敷まで戻ってくると、見知った顔が出迎えてくれた。
王都にある屋敷よりも一回り大きな屋敷。その庭園で、プリムラが花の世話をしていたのだ。
庭園に咲いた薔薇の花を剪定していたプリムラの姿に、レストは無性に安心感を抱く。
「隣の領地で魔物の討伐と聞いていましたけど、随分と早かったですね……それに、どうしたんですか? そんなに息を切らして」
プリムラがハンカチを取り出して、レストの額の汗を拭く。
魔法で速度を上げていたとしても、疲れるものは疲れるのだ。
肉体的な疲労は治癒魔法を使えば治すことはできるものの、魔法を使い続ける精神的疲労は魔力量とは無関係。レストであっても避けられるものではない。
「いや、ちょっと駆けっこをしていてね……俺よりも先にここに帰ってきている奴はいないかな?」
「はい、いないはずです。昼過ぎからずっと花の手入れをしていましたけど、お父様も他の魔術師の方々もまだ戻ってきていません」
「そっか……良かった」
やはり一番乗りだったようだ。
レストが出発してからここまで三十分もかかっていないので大丈夫だとは思っていたが、予想通り。
(これで俺が二人に相応しいって胸を張れるな……)
「ところで……プリムラの方こそ、仕事はもう良いのか?」
レストがアルバートに同行して魔物退治をしていたように、プリムラとヴィオラは屋敷で領地経営に関する仕事をしていたはず。
本来であれば侯爵夫妻の仕事なのだが……いずれ領地を継ぐ立場として、今のうちから勉強も兼ねて仕事に取り組んでいるのだ。
「仕事は午前中に一通り終わりました。今は休憩時間なので花いじりを。姉さんは町にショッピングに出ていますよ」
「そうか……」
レストは広々とした庭園を見回した。
ここはローズマリー侯爵家の領地。そのお膝元である屋敷。
王都にあるセカンドハウスの庭園も見事だったが、こちらの方が広さも花の種類もずっと多かった。
そんな色とりどりの花に囲まれているプリムラ。まるで妖精のように可憐である。
「……綺麗だな」
「あ、はい。綺麗ですよね。今はちょうど薔薇が見頃なんですよ?」
「いや、薔薇じゃなくて……まあ、良いんだけどね」
レストは薔薇から少し視線を外して、横に向けた。
隣の花壇に咲いているのは白い百合の花。もう少し先の季節の花なのだが、早咲きなのだろうか。
「薔薇も良いけど、百合だって綺麗だよな」
薔薇はどことなくヴィオラを彷彿とさせる花だ。
派手に咲き誇り、鮮やかな色彩と強い匂いで周囲の目を否が応でも引き寄せる。
対して、百合はプリムラをイメージさせる花。
楚々として、控えめで、それでいながら人の心の片隅にひっそりと在る……そんな可憐な花である。
「薔薇の美しさは誰にも否定はできないけど、百合だって負けていない。俺は両方とも好きだよ」
「……そうですね。私もどちらも好きです」
レストの意図が伝わったわけでもないだろうが、プリムラが花のような微笑みを浮かべた。
「そういえば、レスト様は『花言葉』というのをご存知ですか?」
「いや……知らないな。良ければ、教えてくれないかい?」
「もちろんです。まずは百合の花言葉ですけど、『純粋』や『無垢』という意味があります。薔薇の花言葉ですけど……これは色によって違っていて、赤色であれば『愛情』や『情熱』、白色であれば……」
レストとプリムラは庭園の花に囲まれて、和やかに歓談する。
優雅で穏やかな昼下がりを楽しむ二人であったが……レストと競争していた少年・青年達が屋敷に到着したのは、それから三時間以上も経ってのことである。
レストのスタートダッシュに引かれてしまった彼らはすっかりペースを乱し、魔力とスタミナを使い果たしてしまったのだ。
彼らが通常よりも長い時間をかけて到着した頃には、レストは彼らのことをすっかり忘れており、プリムラとアフタヌーンティーを楽しんでいたのである。
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