第86話 空を駆けます


 上位魔法【超加速】

 ディーブル直伝のその魔法は【身体強化】と【加速】の二つの魔法を複合させ、昇華したものである。

 その魔法を使用した時の速度は二つの魔法を並列して使用した時よりもずっと速く、無駄のないものだった。

 もちろん、上位魔法だけあって修得は難しい。消費魔力もただの【身体強化】、【加速】の十倍以上。

 レストにこの魔法を教えたディーブルも数秒しか発動することができなかった。


「馬鹿な! あんな加速が続くわけがない!」


 超加速して駆けていくレストの背中に、ニックが叫んだ。

 この場所からローズマリー侯爵領の屋敷までは直線距離で五十キロほどある。

 スタートダッシュでこれほどまで飛ばしてしまっては、到着まで魔力が持続するわけがない。


(まあ、俺には無用の心配だけどな)


 しかし、レストの魔力は無限である。

 底無しの魔力があれば【超加速】を使用し続けることは難しくはない。

 レストにしかできない力技だが……格の違いを見せつけるためにも、手加減をする気はなかった。


(ヴィオラとプリムラに相応しいと認めてもらうための勝負で手を抜けるかよ。全身全霊、全力で勝つ……!)


 この勝負で負けたからといって二人との婚約が解消されるわけではないが、それでも、「やっぱりアイツは相応しくない」などと思われるのは不愉快である。

 ただ勝利するだけではない。圧倒的な勝ちが必要なのだ。


(とはいえ……超加速のスピードは俺だってコントロールが難しい。直線じゃなくちゃ発動は不可能だな)


「クッ……負けるかよ!」


「あんなスピードが続くかよ!」


「魔力切れを起こしたところを追いつくぞ!」


 背後からニックや他の若い魔術師達が必死な様子で追いすがってくる。

 それでも、差は開く一方であったが……目の前に一つの障害が立ちふさがった。


「アレは……森か」


 進行方向上に木々が生い茂る森が現れる。

 ここを直線して行ければかなりの距離短縮になるのだが、遮蔽物が多すぎてかえって時間をロスしてしまうだろう。


「【超加速】……解除」


 魔法によって圧縮されていた時間が戻ってくる。

 減速したことで後続との差が縮まってしまうが……どうせ一瞬だ。すぐにまた差は開くことだろう。


「【天駆フライ・ドライブ】」


「「「「「なっ……!」」」」」


 後続から驚きの声が上がる。

 地面を強く踏みしめて跳躍したレストは空中を足場にして、立ちはだかっていた森の木を飛び越えていったのだ。

 レストが使用したのは上位魔法【天駆】。

 空中に足場を作り、空を走ることができる魔法である。


 ファンタジーな魔法の定番として思い浮かべやすいものの一つとして空を飛ぶ魔法が挙げられるが、実のところ、飛行魔法はかなり高難易度だった。

 重力を消す、物を浮かび上がらせる、風で自分を持ち上げる、レストがやっているように空中に足場を作るというのはどうにか可能なのだが……自由自在に空を飛びまわる魔法を使える人間はほぼいない。

 この世界において、魔法使いでさえ空は自由にできるものではないのだ。


(【天駆】は【超加速】よりもさらに魔力を消費する。空気を固めて硬質化、それを空中に留めて、体重を支えられるレベルで維持しなくちゃいけないんだからな)


 ハッキリ言って……この魔法は燃費が悪すぎて、誰も使うことがないような魔法である。

 事実、魔法の師であるディーブルはこの魔法を知ってはいたものの、使ったことはほとんどないと話していた。

 それでも、レストであれば使えるかもしれないと教えてくれたのだ。


(宮廷魔術師クラスの魔法使いであったとしても、足場を二つ三つ作るのが精一杯。だが……俺の無限の魔力ならば永続的に足場を生み出し、飛び続けることができる!)


 まるで自分がゲームのキャラクターにでもなったような気分だ。

 ブロックの足場を踏んで空中を跳んでステージを進んでいくような……そんな感覚である。

 落ちたらタダでは済まないが……足を踏み外したら別の足場を作れば良いだけなので、そこまでスリルがあるわけではない。


「よし、これくらいで良いな」


 森を越えたレストは街道に着地した。

 後はこの道なりに進んでいけば、ローズマリー侯爵領にある屋敷に到着することだろう。

 すでに後ろを走っていた者達の姿は見えない。声も聞こえない。

 どれくらい距離が開いたのかはわからないが……ここから巻き返されることはまずないだろう。


(それでも、決して油断はしない。昔話のウサギみたいに昼寝はしてやらないぜ)


「【超加速】」


 レストには一欠片の油断もない。

 さらに後続をぶっちぎるべく、目にも留まらぬ速度で舗装された街道を走り抜けていくのであった。

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