第88話 ローズマリー侯爵家の団欒

「へえ、そんな面白いことがあったのね! 私も混じりたかったわ!」


 その日の夜。

 ローズマリー侯爵家の屋敷。談話室にて。

 昼間の出来事について話すと、ヴィオラが残念そうにそんなことを言った。

 談話室には侯爵家の人間が勢揃いしている。レストもそこに加わっており、いつものように左右を姉妹に挟まれてソファに座っていた。


 バレリー伯爵領で魔物退治を終えたレストは、若い魔術師から駆けっこでの勝負を挑まれた。

 地を走り、空を駆けて最高速度で走り抜けてきたレストは後続から三時間以上のタイム差をつけて、ローズマリー侯爵家の屋敷へと到着したのだ。

 その不甲斐ない結果に、勝負を挑んだニックを始めとした若い魔術師らはかなり叱責を受けたらしい。

 当然だろう。

 ローズマリー侯爵家の娘達が見初めて、当主夫妻が認めた男にいちゃもんを付けて勝負を挑み、挙句に惨敗を喫したのだから。


「若い魔術師共は随分と弛んでいるようだな! これは私が直々に稽古をつけてやらねばなるまい!」


 などと憤慨したのは、同じく談話室にいた屋敷の主の片割れ……アイリーシュ・ローズマリーである。

 ヴィオラとプリムラの母親である彼女の性格は脳筋の猪武者。美人姉妹の母親だけあって華麗な美魔女なのだが、拳で語り合うタイプの人間だった。

 侯爵家参加の若衆の不甲斐なさを許すことができないようだ。


「あー……お手柔らかにしてあげてください。悪気があるわけではないですから」


 あれから、遅れて到着したニックを始めとする若い魔術師は、レストに頭を下げて謝罪してきた。


『生意気なことを言ってすみませんでした!』


『御見それいたしました、若様!』


 駆けっこ勝負で圧倒的大差を付けられて敗北したことにより、ニック達は否が応でも知ることになった。

 レストがローズマリー侯爵家の婿として相応しい人間であると。ヴィオラとプリムラ……美しい姉妹をまとめて手にする価値のある男であると。

 呼び方も『お前』から『若様』に変わっており、侯爵家に仕えている若い魔術師からの信頼を獲得することができたのだ。


「それとこれとは別の問題だ! 猛将の下に弱卒なし……ローズマリー侯爵家に弱い魔法使いはいらないからな!」


 アイリーシュは憮然として腕を組んでおり、意見を変えることはないようだ。

 ニック達には気の毒だが……彼らが厳しい訓練を受けることは決定事項だった。


「それで……お父様、バレリー伯爵領の問題は片付いたんですか?」


「ああ、問題ないよ」


 プリムラが父親に訊ねると、ロッキングチェアに座っていたアルバートが頷いた。


「バレリー伯爵領に出没したローカスト・インプはほとんど討伐することができた。根絶とはいかないだろうが、今年いっぱいは問題ないだろう」


 どれほど大勢の魔法使いを動員したとしても、魔物を完全に駆除することはできない。

 ローカスト・インプもいずれは数を増やし、また畑を荒らすことだろう。


「バレリー伯爵家は広い穀倉地帯を持っているが、中央と距離を取っているため戦力が乏しいからな。その点、魔術師を多く抱えている我らとは利害が一致している。今後も良好な関係を続けていかなければな」


 貴族には王宮で活躍している中央貴族と、自分の領地に籠っている地方貴族がいる。

 ローズマリー侯爵家は前者。領地を持ってはいるものの、当主のアルバートは宮廷魔術師長官という立場にあり、国王の覚えもめでたい。

 バレリー伯爵家は後者。祭典に招かれた時くらいにしか王都に出てくることはなく、領地経営に集中している。

 地方貴族は政治への影響力こそないものの、宮廷で金を使う機会も少ないため、実はかなり裕福だったりする。

 その代わり、中央で有能な人材を雇用する機会が少ないため、兵力は欠けているのだが。


「貴族家の当主となれば、寄子の貴族だけではなく他の貴族とも交流をしなくてはいけない。レスト君も心得ておくようにな」


「はい、わかりました」


 レストは頷いた。

 これまでは平民として生きてきたが、いずれはそういった外交的なことも身に付けなくてはいけない。


(やっぱり、生徒会執行部に入る件、真面目に検討した方が良いかもな……)


 第二王子アンドリューとつながりを持てるのは、侯爵家に婿入りする上でプラスになるだろう。

 生徒会にはアンドリューだけではなく、公爵令嬢であるセレスティーヌもいた。クロッカス公爵家との伝手を得ることができる。


「レストが生徒会に入るのなら、私も入っても良いわよ。セレスティーヌ誘われてるから」


「わ、私もです。セレスティーヌ様に庶務として入らないかって……」


 ヴィオラとプリムラがそんなことを言ってくる。

 二人がレストのいないところでもセレスティーヌと交流を持っているのは知っていたが……彼女達も生徒会に誘われていたらしい。


「なんだ、それならもっと早く言ってくれたら良かったのに」


「私達が入るって言ったら、レストは嫌でも入るでしょう?」


「レスト様が決めてから返事をしようかなって、思いまして……」


「ああ……なるほど」


 レストの意思を尊重してくれたわけか。

 二人の気遣いには、いつもながらに涙が出そうである。


「それよりも……明日まで領地に滞在するのよね。町にショッピングに行きましょうよ」


「ヴィオラ、今日も買い物に行ってたんじゃないのか?」


「良いじゃない、二日連続でも! 一人でいくショッピングとは違うのよ!」


「あ、私も行ってみたいです。レスト様も良いですよね?」


 ヴィオラに続いて、プリムラも上目遣いで誘ってくる。

 こうして二人から求められると、拒めるわけがない。


「ああ、もちろんだ」


 レストは頷いて、二人と一緒にショッピングに行くことを受け入れた。

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