第89話 庭にむくつけき男達がいました
翌日、レストとヴィオラ、プリムラの三人は町にショッピングに出かけることにした
今日は学園も休み。いわゆる休日デートというやつである。
レストが左右に姉妹を連れてローズマリー侯爵家の屋敷を出ると、庭園に大勢の人達がいた。
「貴方達、気合が足りませんよ! 腕立て五百回追加!」
「「「「「はいっ!」」」」」
庭にいたのは姉妹の母親であるアイリーシュ・ローズマリー。そして、ローズマリー侯爵家に仕えている若い魔術師達である。
上半身裸で筋トレをさせられている者達には見覚えがあった。昨日、レストに駆けっこ勝負を挑んできて敗北した者達だった。
「あ、レストさん!」
「お嬢様方!」
「「「「「おはようございます!」」」」」
「お、おお……」
レストとローズマリー姉妹に気がつくと、筋トレしていた男達が立ち上がって挨拶をしてくる。
彼らの先頭にいるのはニック・ベイルという寄子貴族の子弟だった。
「お出かけですか? どうぞお気をつけて!」
昨日は姉妹の婚約者として認めないなどと大言壮語を吐いていたにもかかわらず、今日はやけに低姿勢になっている。
よほど、昨日の勝負で圧倒的大差を付けられて敗北したことが堪えているのだろう。
(いや……堪えているのは、奥様のしごきかな……?)
「おしゃべりはそこまで! トレーニングを再開しなさい!」
「「「「「はいっ!」」」」」
アイリーシュが指示を飛ばすと、すぐさま上半身裸の魔術師達が腕立て伏せを再開させる。
有言実行。昨晩、アイリーシュが彼らを鍛え直すと話していたが……さっそく、しごき始めているようだった。
(同情するけど……自分達で蒔いた種だもんな。悪いけど頑張ってくれよ……)
「そ、それじゃあ、奥様。出かけてきます」
「ええ、あまり遅くならないようにするのよ。二人とも、婿殿にあまり甘えすぎないようにね」
「わかってるわ! みんなの前で言わないで!」
「はい……行って参ります」
ヴィオラとプリムラが恥ずかしそうに言って、レストの両手を引く。
美人姉妹との仲睦まじい姿は、男達から嫉妬を買ってしまいそうだったが……意外なことに、誰も妬みの目を向けてこない。
ニックを始めとした若い魔術師達は裸の上半身に汗を流しながら、爽やかな笑みで見送ってくれる。
「認められたってことかな……」
「ローズマリー侯爵家は実力主義だからね。上も下も」
「実力があれば、生まれは関係ありませんからね……お母様だけではなく、お祖母様もそういう方だったんですよ?」
一族代々、そういう家系だったようである。
レストは今さらではあるがすごい家に迎え入れられたものだと苦笑しつつ、門の前に停めてある馬車に向かった。
姉妹の手を引いて馬車に乗せて、三人で並んで座席に座る。
「ところで……今日は何か買いたい物でもあるのかな?」
「え、別にないわよ?」
「特にないですね」
「え? ないのか?」
レストが両眼を瞬かせた。
ショッピングに付き合うように言われたので、何か買いたい物があるのだとばかり思っていたが……まさか、目的はないのだろうか?
「まったく……レストはまだまだ、女心がわかっていないわね。私達の婚約者として教育が必要かしら?」
「そういうところも可愛いですけどね。女心がわかるようになってモテても困りますし、これくらいでちょうど良いんじゃないですか?」
ヴィオラとプリムラが顔を見合わせて、苦笑をし合っている。
レストにしてみれば、本気でわけがわからない。
「ええっと……どういうことかな?」
「買いたい物があるからショッピングに行くんじゃなくて、レストとショッピングをすることが目的なのよ」
「そうですよ。一緒に買い物を楽しみたいから誘ったんですよ」
二人が当然だとばかりに言ってくる。
前世では女性と縁がなく、趣味でショッピングできるほど裕福ではなかったため、それはレストにはない発想である。
(買いたい物があるんじゃなくて、娯楽としてショッピングをするのか……)
女性は買い物が好きだと聞いたことがあるが……こういうことだったのかと、レストは今さらのように知った。
「一緒に服を選んだり、お茶をしたり……そういう恋人同士の時間を楽しみましょう」
「朴念仁のレスト様にはしっかりと教えてあげますからね。覚悟しておいてください!」
思えば……二人と出会ってから一年以上経ち、一緒に入浴までした仲ではあるが、デートらしいデートはあまりしたことがない。
学園入学のための勉強、修行が忙しくて、入学後は授業と学園生活になれることが優先事項となっていた。
(二人がやけに楽しそうにしているのはそのせいか……)
これはレストが鈍かったようである。
せっかくの婚約者だというのに……受け身になり過ぎていて、あまりにも気が利かなかった。
(たまには俺の方からデートに誘うくらいしないと、愛想をつかされちゃいそうだな……)
ヴィオラとプリムラから捨てられないためにも、レストはもっと恋人らしいことをするように心に決めたのである。
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