第90話 ショッピングに行きました
レストはヴィオラとプリムラに連れられて、町にショッピングに出かけた。
ローズマリー侯爵領にある領都ローズマリーブルク。お膝元である町だった。
王国北方にある大きな町ではあるものの、王都に比べるとずっと小規模な町である。
その代わりに喧騒とは程遠い落ち着いた雰囲気の街並みが広がっており、レストとしては忙しない王都よりも過ごしやすく感じられた。
「レスト、プリムラ。こっちよ!」
「待って、姉さん!」
ヴィオラがプリムラの手を引いて、店に向かっていく。
レストは姉妹よりも少し遅れて、後ろを歩いていた。
「こっちのお店よ。可愛い服を置いてあるのを見つけたから見て行きましょう!」
ヴィオラに案内されてやってきたのは服屋だった。
さほど大きな店舗というわけではないのだが、シックな雰囲気でセンスの良い店構えである。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、三十代後半ほどの女性の店員が出迎えてくれた。
「こんにちは、今日も服を見せてくれるかしら?」
「あら、ヴィオラ様。いらっしゃい、ゆっくりとしていってくださいね」
女性店員が穏やかな表情で笑いかけてくる。
様付けで呼んでいることから、ヴィオラが領主の令嬢であることを知っているようだ。
「今日はプリムラ様も来てくださったんですね。それにそちらの男性は……?」
「私と妹の婚約者よ」
「まあまあ! そうなのね!」
女性店員が驚いた様子で口を両手で抑える。
「お二人が婚約したということは噂で聞いていましたけど……そちらの男性が婚約者なのですねえ。優しそうな方じゃないですの」
「ええ、格好良いでしょう?」
「はい、レスト様は優しいです」
「ど、どうも」
レストはやや恐縮しながら、挨拶をした。
「そんなに畏まらないでくださいませ。貴方はいずれ領主様になるのでしょう?」
「ええ……たぶん……」
「だったら、堂々としていてくださいませ」
店員に言われたとおり、レストは領主としては腰が低すぎるようだ。
貴族があまり弱気過ぎると、かえって周囲の人間に舐められてしまう。
支配階級として相応しい態度をいずれ身に付けなくてはいけないだろう。
(統治者は親しまれるよりも恐れられなくてはいけない……マキャベリだったかな?)
レストは前世に本で読んだ知識を思い出す。
親しまれることが悪いことではないのだろうが……それで舐められてしまうくらいなら、恐がられた方が良いという考え方である。
(学園の授業でも選択したけど、領主としての経営能力だけじゃなくて心構えも改めないといけないな)
「そうですね……いや、そうだな。気をつけよう」
レストは咳払いをして、口調を改めた。
「それじゃあ、服を試着させてもらうわ。昨日、レストに似合いそうな服を見つけたのよ」
「はい、どうぞ。ご自由に」
レストはヴィオラが選んだ服を何着か着ることになった。
貴族が着るような服よりも安っぽい物ではあるものの、着心地が良くてデザインも良い物である。
社交場などに着ていけるような物ではないが、普段使いとして使用する服としては十分だろう。
「うん、良いわね」
「似合っていますよ、レスト様」
「ありがとう、気に入ったよ」
「サイズは如何ですか? 裾の長さなどは直せますけど?」
「いや、ちょうど良いよ。このままで大丈夫だ」
店員に応えて、レストは軽く手を振って着心地を確認する。
動きやすさも上々だ。着たまま帰ることにした。
「私達も試着させてもらうわね」
「レスト様、ちょっと待っていてください」
ヴィオラとプリムラも服を抱いて、試着室に消えていった。
しばらくして出てきた二人が身に着けているのはワンピースの服である。お揃いのデザインをしており、色はヴィオラがオレンジでプリムラが水色。
一年間の付き合いでわかってきたことだが……ヴィオラは暖色系の色、プリムラは寒色系の色をそれぞれ好んでいるらしい。
「似合っているよ」
「ありがとう、こっちも着てみようかしら」
「私も、こちらも着てみて良いですか?」
「ああ、もちろんだ」
二人は別の服を手に取って、また試着室に消えていく。
(やっぱり女の子だから、二人とも服は好きなんだな)
微笑ましく思うレストであったが……彼はまだ知らなかった。
この服選びが、これから二時間も続くということを。
女性の買い物が予想以上に長いということを、これから嫌というほど教えられるのであった。
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