第91話 ショッピングだが尾行されています

「それじゃあ、次はカフェに行きましょう! こっちに雰囲気の良いカフェができたのよ!」


「あ、ああ……そうだな」


 二時間に及ぶ服選びに付き合わされて、満身創痍になったレストが店から出た。

 憔悴しているレストに対して、前を歩いているヴィオラとプリムラはツヤツヤとしていて元気そうである。

 レストは両手に袋をげており、荷物持ちをやらされていた。


(こういうので消耗するのは男だけなんだな……)


 遊びもそうだが、好きなことをしていると疲れを感じないものだ。

 対して、付き合わされている方は必要以上に体力を使ってしまう。今のレストがそうであるように。


「レスト様、大丈夫ですか?」


「ああ、もちろんだ」


 プリムラが気にかけてきたので、笑顔で応えておく。

 実際、体力的には問題ない。魔法で疲労は回復することができる。

 どちらかというと長い買い物に付き合わされたことの精神的な疲れが強かった。


(女子の服について、アレコレと感想を聞かれるのって疲れるよな……どこに地雷があるかもわからないし……)


 この服は似合うか、こっちとどっちが良いか、どの色が合っているか……何度となく着替えながらそんなことを聞かれて、すっかり気疲れしてしまったようである。


「ん……?」


 そうしてヴィオラとプリムラの後に続いて、町の通りを歩いていくが……ふと背後に不穏な気配を感じた。

 常時発動させている魔法……【気配察知】に引っかかるものがある。


(魔法による知覚に引っかかった気配は二つ……一方は知っている気配だが、もう一つは……?)


 何となくではあるが、不穏な気配のように感じる。

 レストが警戒を一段階高めると……タイミング悪く、ヴィオラが人通りの少ない路地に入ってしまった。


「こっちよ。こっちを通ると近道だから」


「ム……」


 レストはわずかに眉をひそめるが、止めることなく後に続いた。

 三人が路地に入ると、途端に背後にいた気配が距離を縮めてくるのがわかった。


「ヴィオラ、プリムラ、少し前に出ろ」


「え? どうしたの?」


「レスト様?」


 レストはヴィオラとプリムラを進ませ、二人を背中に庇うようにして振り返った。

 レスト達を追って三人組の男達が路地に入ってくる。いずれもガラの悪く、いかにもならず者といった風体の男達である。


「【凍結フリーズ】」


 外見からして、良からぬ連中に違いない。レストは迷うことなく魔法を撃った。


「うおっ!?」


「何だあっ!?」


 男達の膝から地面までが凍りついた。

 完全に凍らせたわけではないので、魔法を解除すれば足を切断まではする必要ないだろう。


「魔法使いか!? 急に何をしやがる!」


「お前ら、俺達の後をつけていただろ? 何か用か?」


「それは……」


 男達が口ごもる。

 直後、別方向から二人組の男女が現れて男達の背後に立つ。


「すみません、遅れました」


「あなた達は……」


 ヴィオラがパチクリと瞬きをする。

 新しく出てきたのは、ならず者らしき男達とは別口でレストらを尾行していた人物である。

 彼らはローズマリー侯爵家の使用人であり、姉妹の護衛としてついてきていたのだ。


「いや、俺がせっかちだっただけだ。貴方達もいることだし、何もする必要はなかったな」


 男女はずっとレスト達の後ろをついてきていた。

 レストは魔法で気がついていたのだが……ローズマリー侯爵家の人間であると察していたので、放置していたのだ。

 レストが何もせずとも、ならず者達が悪さをしようとしたら彼らが対処していたことだろう。


「お、お前ら……何なんだよ! どうして、こうゾロゾロと……」


「黙れ。お前達、どうしてお嬢様達の後をつけていた?」


「お、お嬢様……?」


 護衛の二人が尋問すると、ならず者達がお互いの顔を合わせる。

 どうやら、彼らは自分達が尾行していた相手が侯爵家の令嬢であるとは知らなかったらしい。


「し、知らねえよ……俺達は、良い女がいたから声をかけるタイミングを計っていただけで……」


「男連れの女をナンパしようとしたのか?」


「そ、それは……」


 男達がモゴモゴと口ごもった。

 察するに……レストのことを殴り倒すでもして、姉妹だけ連れていくつもりだったのだろう。

 ナンパというよりも、人攫いのような連中だったのだ。


「この男達の対処は任せても良いだろうか?」


「はい、お任せください」


 レストが訊ねると、護衛の男女が頷いた。


「憲兵に引き渡しておきます。お嬢様方は先に店に行っておいてください」


「わかったわ、よろしくね」


 ヴィオラが鷹揚に言って、進行方向上を指差した。


「行きましょう。目的の店はすぐそこだから」


「ああ」


 レストとローズマリー姉妹が路地から出て、目的の店に向かっていった。

 その間にも、男達がチラチラと二人に目を向けてくるのがわかる。

 レストの姿を見て男達は残念そうに顔を逸らしたが……姉妹だけならば、間違いなく声をかけてきたことだろう。

 美少女というのは道を歩くだけでも危険があるらしい。

 ヴィオラとプリムラのような美人姉妹は、誘蛾灯のようにトラブルを引き起こすのかもしれない。


(ショッピングするだけでこれとは……二人だけじゃ、うかうか表を歩かせられないな……)


 レストは苦笑しながらも、二人に危険が及ばないように目を光らせるのであった。

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