第206話 ワームのワームがワームになります

 恐怖の夕食を乗り越えたことと引き換えに、レストは一時的な障害を負ってしまった。

 その障害とは……前屈みにならなくては歩けないこと。下半身が激しく揺れる動作ができないこと。うっかり刺激すると爆発してしまうことなどである。

 いや、どんな障害だとツッコまないでもらいたい。

 全てを解き放ってしまえば楽になるかもしれないが、抱えたままいるにはキツ過ぎる状態である。


「ウオッ……グッ……」


「フー、気持ち良いなあ! やっぱり、働いた後のシャワーは最高だな!」


「ヴァルハラ、ヴァルハラ……」


「お嬢様、お背中を流させていただきます」


 そして……ここでさらなる試練。

 キャンプ中だというのに、女性陣が入浴を始めたのだ。

 布で作った四角形の仕切りの中から、ワイワイと黄色い声が上がっている。

 レストは仕切りのすぐ外にいて、色々と我慢しながら魔力を操作していた。


 それというのも……時間は昼間までさかのぼる。

 湿地帯のぬかるみを探索中、彼らの間で次のような会話があったのだ。


「うーん……身体が泥だらけになってしまったな。さすがに気持ちが悪い」


「ベトベト」


 魔物と戦っている最中に泥を浴びせられてしまい、ユーリが気持ち悪そうに手足を振った。

 全身にまとわりついた汚泥はその程度で落ちるものではなく、ユーリのしなやかな肢体にこびりついている。


「泥だったら魔法で落とせるぞ……【|清浄(クリーン)】」


「おおっ! 泥が綺麗に落ちたぞ!」


 レストが魔法を発動させると、ユーリの身体にこびりついていた汚れが綺麗になる。

 この魔法はエベルン名誉子爵家で飼われていた頃から重宝していたもので、馬小屋の掃除や自分の身体の汚れを綺麗にするのに使っていた。


「さすがはレストだな……とはいえ、水浴びはしたい気分だな。身体に見えない汚れがついているような気がする」


「あー……確かに、そういうのはあるかもしれないな」


 魔法では除去できない汚れが残っているのか、それとも、精神的な問題だろうか。

【清浄】の魔法で綺麗にしても、不思議と身体に違和感が残るものである。

 ユーリの水浴びがしたいという気持ちはよくわかった。


「手間をかけて悪いのだが、後で水を出してくれないか? 身体を洗うから」


「水と言わずに、湯を出してやるよ。風呂に入れば良い」


「風呂? こんな平原の真ん中でか?」


「ああ、浴槽だったら土魔法で作れるし、水を温めるのだって火魔法で簡単だ。それくらい、お安い御用だ」


「お風呂、入りたい」


 会話にウルラが混じってくる。

 やはり、女子は入浴が好きなようだ。

 ウルラの後ろで、従者のアーリーも興味津々といったふうに見つめてくる。


「ああ、わかった。夜にでも風呂を用意してやるよ。何だったら、即席のシャワーだって用意してやるから楽しみにしておくと良い」


 それは女性陣を労うための発言であったが……レストはこの言葉をとんでもなく後悔することになる。


 時間は現在に戻り、レストは約束通りに彼女達を入浴させていた。

 四方に天幕を張って作った浴室の中で、三人の女性が生まれたままの姿になっている。

 浴室にはレストが日の沈む前に作っておいた浴槽があり、お湯も張ってあった。


「ああ、気持ちが良い……まるで生まれ変わったような気分だ」


「あったかい……とろとろ」


「お嬢様、髪を洗いますのでシャンプーハットをどうぞ」


「ウ……グ……」


 レストは浴室の外に立っていた。

 布一枚向こう側に、パラダイスが広がっている。女性陣の黄色い声がレストの耳をくすぐってくる。

 おかげで、ワームのアレがいっこうに収まることなく、レストのワームがワームっている状況になっていた。


 いや、何でそこにいるんだよ。

 さっさとどっか行けよと言いたい気持ちはわかる。

 だが……レストは女性陣に頼まれて、とある仕事を全うしている最中なのだ。


(落ち着け……集中しろ。魔法の行使に全ての意識を向けるんだ……!)


 浴室の上には大きな水……否、お湯の塊が浮かんでいた。

 レストは空中に浮かべた湯を雨ほどの粒にして降らせることにより、即席のシャワーを生み出したのだ。


(こんなことなら、『何だったら、即席のシャワーだって用意してやる』とか偉そうなことを言うんじゃなかった……!)


 レストは己の浅はかさを心から後悔した。

 軽々しくあんな約束をしなければ、女性陣を期待させるような発言をしなければ、こんなことにならなかったものを。

 約束通りにシャワーを作って欲しいと頼まれ……レストは断り切れず、魔法でシャワーを作ることになったのである。


「集中……集中だ……俺は給湯器。お湯を出すだけの機械だ……!」


「レスト、そこにいるかな?」


 自らに暗示をかけていると、天幕の向こうからユーリが話しかけてきた。


「……何だよ」


「良かったら、レストも一緒に入らないか? そこで作業だけするのも身体が冷えるだろう?」


「いや、できるわけないだろうが! ウルラだっているのに、何を言ってるんだ!」


「心配いらない。ウルラは別に構わないそうだ。カーリー殿も同じだ」


「お背中、流す」


「ッ……!?」


 ユーリに続いて、ウルラまでそんな言葉を投げかけてくる。

 下半身がその誘惑に飛び込みたがっていたが、レストは鋼の自制心によって欲望を押さえつける。


「遠慮する……お前達が出てから入ることにするよ……!」


「そうか……残念だ」


「ガッカリ……」


 ユーリとウルラが残念そうに言う。

 レストの頭の上でももったいないお化けがサンバを踊っていたが、どうにか試練を乗り越えたようである。


「仕方がない。それじゃあ、後で背中だけ流してあげようか」


「ぺとぺと、サービス」


「するな!」


 何故か追いすがってくる二人に、レストは布ごしに叫んだのであった。

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