第165話 美少女と寝ます
かくして……魔境開拓、初日の幕が下りた。
レストは相応の成果を持ち帰ったうえで与えられたテントに入り、そこで休むことになる。
テントとはいったものの……伯爵であるレストに与えられたそれの大きさは、ちょっとしたワンルームくらいの大きさがある。テントの中にはベッドもあり、テーブルもある。
キャンプというよりもグランピングといった方に近いだろう。
「だけど……ベッドは一つなんだよな」
「えっと……レスト様、狭いですか?」
「いや……狭くはない」
すぐ隣から聞こえてくるプリムラの声に、レストは無心で答えた。
両手を広げても余裕があるサイズのベッドであったが……さすがに、四人で横になると手狭である。
そのベッドにはレストだけではなく、応援にやってきてくれたヴィオラとプリムラ、さらに転がり込んできたユーリまでいるのだ。
密着したことで体温が伝わってくる。花の香水らしき匂い、汗の臭いもだ。
そして……できるだけ意識しないようにしているのだが、柔らかな肢体の感触も。
(同じ人間だっていうのに……どうして、男と女はこんなにも身体の感触が違うんだろうな?)
女子の身体はマシュマロで出来ているのかもしれない……そんな馬鹿みたいな考えすら、真実味を帯びて頭の端に浮かんでくる。
「……レストとくっついて眠るのも久しぶりね。何だか、新鮮な気分だわ」
右隣から、ヴィオラが言ってくる。
腕にくっついてきたヴィオラの鼓動はやや早めで、滅多にないシチュエーションに興奮している様子が伝わってきた。
「ふ、不思議な気分ですね。お外なのにお外じゃなくて、ドキドキします……」
左隣のプリムラもまた同じ。
ヴィオラよりも少しだけ鼓動が早い。体温もわずかに高めで、胸の感触も……。
「ゴホッ、ゴホゴホッ……!」
「大丈夫、レスト?」
「急にどうかしましたか、レスト様?」
「いや……何でもない。ちょっと空気が乾燥しているのかもしれないな……」
レストは邪念を振り払って、脳内で素数を数えるというベタな行為に走った。
「水差しがあったな。良ければ取ろうか?」
そして……ヴィオラの向こう側から、ユーリもまた声を投げかけてきた。
ユーリとは間に一人挟んでいるため、とりあえずは身体が密着していない。
一安心と言いたいところだが……婚約者である二人と違って、ただのクラスメイト。ただの友人である女子と同衾しているというのはなかなか背徳感があった。
(もしも、この状況をカトレイア侯爵にでも見られようものなら……ハハッ、笑えないなあ。ぶち殺されるよ……)
興奮していた頭が少しだけ冷えた。
ユーリの身体に触れようものなら、死神の鎌がレストの首に突きつけられることになる。
娘を溺愛しているのはローズマリー姉妹の父親も同じだったが、カトレイア侯爵の場合は種類が違う。
話に聞いたところだと、娘を大切にするあまり屋敷に閉じこめて軟禁すらしているのだ。
この状況が耳に入ろうものなら、何を仕出かしてくるか想像できなかった。
「フフフ……何だか、楽しいなあ。私、すごくドキドキしている。友達と一緒に寝ているだけなのに、すごくイケないことをしている気分だ」
ユーリもまた高揚した様子で弾んだ声を上げている。
その言葉にヴィオラが軽く溜息を吐いた。
「ユーリ……お願いだから、私達の目の届かないところで男のベッドに入るようなことをしないでね。世の中、悪い男だっていっぱいいるんだから」
「ユーリさんは不用心ですからね……男性を勘違いさせるようなことをしないか心配です……」
プリムラもまた、姉に追従する。
「ユーリさんがとてもお強いことは知っていますけど、騙して女性に悪さをする人もいますから。男性を軽々しく信用してはダメですよ?」
「うん……そうだな、気をつけよう」
ローズマリー姉妹の言葉に、やけに素直にユーリが了承する。
「先日、父や兄に騙されて閉じこめられたばかりだからな……人の言葉を軽々しく信用しないよう、気をつけることにする」
「ああ……何か、そんなことがあったらしいな」
「ああ。乳母をしていた女性が急病だから戻れと言われたんだが……帰ってみたら、ピンピンしていた。部屋に閉じこめられてしまって、脱出するために兵士と兄を半殺しにするハメになったよ」
「そ、そうか……」
「すごい家族なのね……ウチの母も大概だけど」
「カトレイア侯爵家は武門の名家ですからね……事情が特殊なのでしょう」
カトレイア侯爵家の凄絶な事情に、レストとローズマリー姉妹はそろって声を引きつらせる。
「もう、何があってもカトレイア侯爵家には戻らないと決めた! 母親の遺言を果たすためにも絶対だ!」
「母親の遺言……何だ、その話は?」
初耳である。
レストが不思議そうに訊ねるが……ユーリからは沈黙が返ってくる。
「……ユーリ?」
「……内緒だ。いつか話すよ、レストにはね」
「…………?」
暗闇から聞こえてくるユーリの声には、いつもにはない艶のようなものが含まれているように感じた。
レストは不思議に思いつつ……女子三人の気配と感触を意識しないように努めて、どうにか眠りについたのであった。
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