第120話 貴族の重荷を背負います
セレスティーヌからサブノック討伐の報酬について知らされた。
その日の夜、激務の合間を縫って久しぶりに屋敷に戻ってきたアルバート・ローズマリーにレストは話し合いを持ちかけた。
「ああ、その通りだ。私は承認しているよ」
アルバートの執務室。
昼間の出来事について確認すると、義父になる予定の男ははっきりと答えた。
「国王陛下との話し合いにより、レスト君に領地と爵位を与えることが決まっている。三日後には叙爵式が行われる予定だ」
「三日……随分と急ですね」
「アイガー侯爵を討つ準備が整ったからね。レスト君と他数名の人間を叙爵して、そのままの流れでアイガー侯爵の反乱を正式に発表。討伐を宣言することになっている」
アルバートが詳細について説明する。
「騎士団と宮廷魔術師、そして王党派閥の貴族がそれぞれ兵を出すことになっている。ローズマリー侯爵家からも魔法部隊を投入するので、レスト君にはその前線指揮を執ってもらいたい」
「指揮って……自分はやったことがないのですが?」
「もちろん、補佐は付けさせてもらう。ディーブルが実質的な指揮官として指示を出すので、レスト君は魔法使いとして戦いに専念して欲しい」
アルバートが執務机の上で両手を組んで、どこか
「サブノックを打ち倒した底無しの魔力を活躍させる場面が来たということさ。君の働きには国王陛下も大いに期待しているよ?」
「あー……えっと……勝手なことをしてすみません」
レストは一応、謝罪しておいた。
サブノックに戦いを挑んだことは大切な人を守るために必要なことだったが、同時に浅慮をしたとも思っている。
勝手なことをして、アルバートに迷惑をかけなかっただろうか?
「それは、まあ、構わない。これから苦労をするのは君だからね」
「苦労……ですか?」
「ああ。今のアイウッド王国にレスト君のような戦力を遊ばせておく余裕はないからね。アイガー侯爵の討伐にサブノック平原の開拓、北方の蛮族との戦い……これから、レスト君は様々な戦いに巻き込まれることだろう」
「…………」
平穏とはほど遠い日々の始まり。
今さらながら、自分に課せられるであろう重圧を自覚する。
これから先、レストはローズマリー侯爵家の入り婿になることが決まった時以上に注目され、時として試されることになるだろう。
ひょっとすると、何者かから陥れられたりする可能性もある。
もはや平民ではない。一人の貴族として、立場に合った重荷を背負っていかなくてはいけないのだ。
「王宮は君を英雄として祭り上げることで、国を襲う危難から人々の目を逸らすつもりらしい。大変なこともあるだろうが、これも貴族の義務……ノブレス・オブリージュというものだ。ローズマリー侯爵家の婿として、しっかりと立ち向かいたまえよ」
「……わかりました。それがローズマリー侯爵家の発展につながるのなら」
「ああ。それと……君は叙勲と同時に貴族家の当主ということになる。ローズマリー侯爵家の分家という形になるだろうが、家名はどうするかね?」
「どうするって……『ローズマリー』ではダメなんですか?」
「ダメではないが……君は平原の三分の一を領地として与えられることになっているからな。同じ家名にしてしまうと、国内における『ローズマリー』の名が強くなり過ぎる。分家とはいえ、あくまでも別の家であるということにしておきたい」
「…………」
レストにはよくわからないが……それも貴族としての配慮なのだろう。
『ローズマリー』の家名の力が大きくなり過ぎて、王家を脅かさないようにとのことである。
(実際には俺がローズマリー侯爵家も継ぐ予定だから、名前だけ変えても意味はない気がするけど……)
事実上の意味はないが、名目というのが重要なのだ。
それもまた貴族社会における暗黙の了解のようである。
「何でも良いから、適当なものを考えておきなさい。屋敷の資料庫に貴族名鑑が置いてあるから、他家と家名が被らないようにだけ注意してくれ」
「わかりました……このことについてヴィオラとプリムラに相談しても良いでしょうか?」
二人は現在、入浴中でこの場にはいない。
ユーリも併せて女子が三人。仲良くお風呂タイムという羨ましいことをしている。
「もちろんだ。叙勲式までに決めておいてくれ」
アルバートが話を締める。
これで義父との打ち合わせも終了した。
レストは頭を下げて、執務室から出ていこうとする。
「レスト君」
ドアノブに手をかけたところで、アルバートがふと口を開いた。
「君は平民でありながらローズマリー侯爵家に見初められて、さらに王家に目を付けられて英雄として祭り上げられようとしている。その重責はかつて私が妻に選ばれてこの家に婿入りし、宮廷魔術師の長官になったことを上回るものだろう」
「…………」
「栄光や功績を手にするということは、それに伴う責任を背負うということだ。色々と気苦労は多いだろうが……君には私を含めて多くの味方がいるということを忘れないようにしたまえ」
「……お気遣い、感謝いたします」
レストはもう一度振り返って、義父となる男に頭を下げる。
生まれこそ恵まれていないレストであったが……つくづく、この家では恵まれている。
先ほどまで重かった方が少しだけ軽くなった気がした。
「失礼いたしました」
レストは今度こそ執務室から出ていった。
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