第119話 セレスティーヌは決意する
ローズマリー侯爵家での小さな茶会が終わって、セレスティーヌ・クロッカスは帰りの馬車に乗り込んだ。
「フウ……」
馬車の周りには馬に乗った護衛がいる。
王都内での移動で大袈裟とも思えるような警護だったが……アイガー侯爵が反乱を起こしている現状では不思議はない。
セレスティーヌは宰相の娘にして、一応はローデル第三王子の婚約者という微妙な立場の人間だ。
政敵が暗殺や誘拐の魔の手を伸ばしてこないとも限らない。
(まあ、あの男の婚約者という立場ももう終わりですけれど……)
ローデルとの婚約はじきに破棄されることが決まっていた。
具体的には……アイガー侯爵が反乱を起こしたと正式発表されるタイミングで。
馬鹿王子の尻拭いという仕事もこれで終わり。重い重い荷を下ろしたような気分である。
(それにしても……レストさんが話を受けてくれて良かった)
いざとなれば王命によって無理やりに押しつけることも可能だが……それでは、王家への心証が悪くなってしまう。
王家が恨まれるのは避けたい。本人には伝えなかったが……レストは現在、王家にとって非常にセンセーショナルな存在となりつつあるのだから。
(あの魔境の主サブノックを単独討伐……いえ、リュベース卿の助けもありましたね……)
魔境の奥地からレストとリュベースが帰還して、サブノック討伐の報告を受けて……最初、王宮側の人間はその情報を信じなかった。
サブノックは過去に幾度か討伐隊が組まれ、ことごとくを退けてきた魔獣である。
それがたった二人……実質的にはレスト一人によって討たれただなんて、とてもではないがあり得ない。
しかし、調査によってサブノックの死骸が確認されると……慌てて、どのように魔境の主を倒したのか事情聴取が行われた。
そこで聞かされた情報はとんでもないもの。レストが世界屈指ともいえる莫大な量の魔力を有しており、一軍にも匹敵する戦力だという事実が明らかになる。
国崩しができるほどの戦力の誕生を喜ぶべきか、警戒するべきか……王宮側は迷っていたが、最終的には『英雄』として受け入れることに決めた。
幸い、レストはローズマリー侯爵家の
ローズマリー侯爵は王家に仕えている宮廷魔術師長官であり、王家の信頼も厚い忠臣だ。
レスト自身も人間性に問題はなく、欲望のままに力を振るうというタイプではない。
王国上層部の話し合いにより、レストを排除するのではなく、王国の発展のために積極的に利用することが秘密裏に決定された。
(まずは爵位と領地。アイガー侯爵の反乱鎮圧に尽力していただき、その功績により伯爵になってもらう。主を無くした平原を開拓してもらい、変革を担う若き貴族としての地盤を固めてもらう)
魔猟祭で多くの被害が出て、さらに反乱が勃発している。
暗く落ち込んだ国のムードを改善するためには、
王宮側はレストにその英雄になってもらうことを期待していた。
(平民出身のレストさんであれば、民衆からの受けも良いはず。次点で下級貴族出身のリュベースさんですね……)
一応は第三王子であるローデルが担ぎ上げられ、高位貴族のアイガー侯爵が反乱を引き起こした。
そんな状況だからこそ、平民や下級貴族出身の者達をあえて重用する。
いまだ王太后派閥の古い空気が残っている王国に、若く新しい風を吹き入れることを目指していた。
(アイガー侯爵を討伐することができれば、アイウッド王国を蝕む内憂を排除することができる。平原を開拓して国を富ませて、外患に意識を集中できるでしょう……)
アイウッド王国にはいくつかの外敵がいる。
最たる存在は北方にいる蛮族。そして、潜在的な敵として東にある同盟国のガイゼル帝国。
帝国は長らく穏健な皇帝が治めていたが、最近になって外征を主張する過激派閥が勢いを増していた。
このまま過激派閥が政権を獲得すれば、アイウッド王国にも矛先を向けてくるかもしれない。
(……今回の一件で犠牲になった皆さんは心から気の毒に思いますが、このタイミングでアイガー侯爵が動いてくれたのはかえって良かったかもしれませんね)
アイガー侯爵の方から反乱を起こしてくれたら、公然と討伐することができる。
問題があるとすれば、反乱軍にローデルが担ぎ出されていること。
帝国出身の側妃の子であるローデルを討てば、隣国との関係が悪化してしまうことである。
(ガイゼル帝国との対立が避けられないでしょうが……こればかりは覚悟するしかないでしょう。いずれは起こること。先延ばしにしていた問題を解決しなくてはいけない時期がやってきただけ。止まっていた時計の針を動かすときが来たのです)
時勢には流れというものがある。
アイウッド王国では王太后の死から、ずっとその流れが
それがレストという若き英雄の誕生によって勢いを取り戻し、さまざまな方向に変革をもたらそうとしている。
「……まずはアイガー侯爵とローデル殿下を。ここで負けてしまっては話になりませんね」
セレスティーヌが決意を込めて、両手を合わせる。
筆頭貴族であるクロッカス公爵家の名に懸けて、アイウッド王国を守って発展に導く。
そのために知恵と力を全力で振り絞らなくてはいけない。
どんな犠牲を払ってでも。どんな痛みに苛まれることになろうとも。
王国の次世代を担う人間の一人として、セレスティーヌは戦い抜く決意を固める。
「婚約破棄もすることですし……いっそのこと、私もレストさんに抱かれても良いかもしれませんね?」
セレスティーヌは冗談とも本気ともつかない声でつぶやいて、そっと窓の外の風景に視線を向けたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます