第118話 内乱になるようです

「アイガー侯爵が反乱って…………ええっ!?」


 セレスティーヌの爆弾発言を受けて、ヴィオラが驚いて立ち上がる。

 混乱した様子で左右に視線をさまよわせると、扉の前に立っていたメイドが慌てて部屋から出ていった。

 自分達が知っていいことではないと判断したのだろうが……セレスティーヌがゆっくりと首を振る。


「心配せずとも、人払いは必要ありません……じきに国中が知ることとなりますから」


「……アイガー侯爵はどうしてそのようなことを?」


 混乱している姉を宥めながら、プリムラが感情を抑えた口調で訊ねる。

 普段は強気なヴィオラの影に隠れることが多いが、有事には意外とプリプラの方が冷静だったりするのだ。


「ご存知かもしれませんが……アイガー侯爵はかつて王太后陛下を信奉していた者達の筆頭格。『影の女王』とまで呼ばれたあの方が可愛がっていたローデル殿下を支持しています」


 セレスティーヌが朗々とした口調で説明しつつ、どこかうんざりした様子で肩を落とす。


「私の祖父も王太后陛下を崇めており、そのせいで私がローデル殿下と婚約することになりましたが……まあ、結果として、敵対派閥を監視することができたから良いでしょう。アイガー侯爵はすでに立太子されている第一王子ではなく、ローデル殿下こそが次期国王になるべきだと主張しています。そのために革新派閥を築いて、水面下で画策していました。魔猟祭で起こった騒動も彼が糸を引いているものと思われています」


「黒幕ということか……とんでもないことをしたものだな……」


 レストが表情を歪める。

 あの騒動ではあわや王都に魔物が押し寄せるところだったし、そうでなくとも少なくない人数の生徒が死亡した。

 とてもではないが、ゆるせることではなかった。


「はい。アイガー侯爵はすでに反逆者として認定されており、そのことを本人も気がついているようです。監視者の目をかいくぐって王都を脱しており、領地で挙兵しました。アイガー侯爵領には王太后派閥の貴族が次々と集まっており、王都を攻める準備を進めています」


「内乱ということか……本当にとんでもないことになっているなあ」


 ユーリが呆れて肩をすくめ、テーブルの上に置かれていた焼き菓子を口に運ぶ。


「最近、父が追手を送り込んでこないと思ったら、そういうことか……納得がいったよ」


「何をやってるんだ、お前は……」


 まだ父親との追いかけっこをしているらしい。

 家出娘にはカトレイア侯爵も手を焼いているようだ。


「もちろん、国王陛下も座して王都を攻められるつもりはありません。反逆者であるアイガー侯爵を討つべく準備を進めています。現在は攻め込むタイミングを待っているところですわ」


「タイミングって……さっさと攻めてしまえば良いじゃないか」


「いえ……どうやら、陛下はあえて敵の戦力が結集するのを待っているようです。この機会に反乱分子を一掃しようと考えているのでしょう」


 王太后を信奉する派閥は国中にいるとのこと。

 国王はあえて敵対派閥が集まるのを待って、まとめて駆逐しようとしているようだ。

 わざわざ敵の戦力が整うまで待つだなんて、見ようによっては愚策にも見える。

 しかし……泥沼の内乱が続いて国内の混乱が長引けば、他国から介入される恐れもあった。

 少しでも早く内乱を打ち切るために、一撃で全てを終わらせてしまおうという考えだろう。


「先ほど、レストさんに広大な領地を与えて問題ないかという話をしましたが……アイガー侯爵と傘下の貴族が滅んだ場合、多くの領地に空白が生まれます。戦いで活躍した貴族や騎士に恩賞として配分されることになりますので、反対意見も出ないでしょう」


「あー……なるほどな?」


 なるほどと言いながらも、レストは複雑な情報を頭の中でどうにかまとめる。


 今回、レストがサブノックを討伐したことで平原が開拓できるようになった。

 だからこそ、爵位と広大な領地が与えられるのだ。

 平民上りが広い領地を得れば嫉妬の目を向けられることが多いが、続けてのアイガー侯爵の反乱。レストを突き上げるどころではない状態である。

 反乱分子の領地を貴族らに与えることになるため、レストへの妬みも抑えられるだろう。


「近いうちにレストさんがサブノックを討伐したことが発表され、他の功労者と共に叙勲されます。その席でアイガー侯爵の反乱と討伐が正式に宣言されることになるでしょう。つきましては……レストさんにもアイガー侯爵討伐に加わって欲しいのです」


「俺が……討伐軍に?」


「はい。ローズマリー侯爵家も兵を出すことになっていますので、子爵として将の一人になっていただきたく思います。そして、その戦いの功績によって『伯爵』に格上げ。与えられる領地の広さに見合う地位に就いていただきたいのです」


「…………」


 セレスティーヌの言葉は『提案』という形を取っているものの、この案は国王とローズマリー侯爵も認めているもの。

 つまり、実質的な命令というわけである。


(断るという選択肢はないか……)


 改めて、とんでもないことになったものである。

 ほんの数年前まで平民の子、愛人の子供だと虐げられていたというのに……いつの間にかローズマリー侯爵家の入り婿候補。

 さらには子爵に任じられ、伯爵に至る道まで用意されていようとは。


(自由はいつの間にか遠ざかっていってしまったけれど……こういうしがらみに縛られることも、貴族になるってことなんだろうな……)


 自分で選ぶ機会を失うというのは不幸なことのように思えるが……ヴィオラやプリムラを妻にしようというのだ。

 この程度の不自由、喜んで受け入れるべきである。


(それに……俺が自分で領地や地位を手に入れれば、いつか生まれてくる子供の未来も拓けるか。だったら、立身出世の機会を与えられたことを感謝しないとな)


 自分自身を納得させるように、そんなことを考えて……レストは大きく頷いた。


「了承いたしました。喜んで、反逆者の討伐に加わらせていただきます」

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