第117話 獅子殺しの報酬です

「先触れでもお伝えいたしましたが……本日はレスト様にお伝えすることがあって参りました。サブノックの討伐についてです」


 セレスティーヌが穏やかな微笑みで言う。

 彼女がローズマリー侯爵家のタウンハウスへやって来ることは、事前に先触れをもらって知っていた。

 公爵令嬢であるセレスティーヌが自ら来訪した目的は、サブノックを討伐したことについてレストに話をするためである。


「ごきげんよう、セレスティーヌ。そこに座って頂戴」


「ごきげんよう、セレスティーヌ様」


 ヴィオラとプリムラが笑顔でセレスティーヌを出迎える。

 二人は……特にヴィオラはすっかり彼女と打ち解けており、口調や態度も軟らかなものになっていた。


「やあ、セレスティーヌ」


 ユーリも気安い仕草で手を挙げて挨拶をしている。

 レストを除いた四人はわりと頻繁に交流があるようで、学園にいた頃には男子抜きで茶会やサロンを開いていたそうだ。

 おかげですっかり親友になっており、美少女四人に囲まれることになったレストとしては、少しだけ居心地が悪い。


「あー……こんにちは。今日はわざわざ伝えに来てくださって、ありがとうございます。セレスティーヌ嬢」


「いいえ。本来はキチンと国王陛下から使いがあるのですが、私からの略式な報告になってしまって申し訳ない限りです。後ほど詳細を説明いたしますが、ちょっと王宮が立て込んでおりまして」


 セレスティーヌが頬に掌を添えて、申し訳なさそうに首を傾げる。

 一つ一つが洗練された優雅な所作で、レストと姉妹が座る対面のソファに腰かけた。

 控えていたメイドがすぐにお茶と菓子を彼女の前に置く。

 セレスティーヌは一口、紅茶で唇を湿らせてから口を開いた。


「最初に……これから話す内容については、国王陛下と宰相、ローズマリー侯爵が話し合って決めたことです。まだ公式に発表はされていませんが、落ち着いたら正式な手続きが行われます」


 つまり、義父であるアルバート・ローズマリーも了承しているということである。

 アルバートは魔猟祭の後始末のために連日王宮に泊まり込んでおり、屋敷には帰ってきていなかった。


「うん? その話は私も聞いて良いのか?」


 ユーリが瞳を瞬かせた。

 友人ではあるが、ユーリはローズマリー侯爵家とは無関係な人間である。


「御三方がよろしければ問題ありません。もちろん、他言は控えていただきたいですが……」


「私は良いわよ。二人も構わないわよね?」


 ヴィオラの問いにレストは頷いた。プリムラも同じである。

 セレスティーヌは「それでは」と一拍置いて、レストに向き直る。


「レストさんは今回、救助隊として多くの魔物を討伐、生徒の命を救ったことが認められました。また、討伐した魔物の死骸の中から魔境の主サブノックの残骸を確認。これらの功績により、白金貨十万枚が与えられます」


「白金貨……しかも、十万枚って……」


 白金貨一枚に金貨百枚の価値がある。

 一般的な平民の一ヵ月分の給料が金貨一枚。日本円で十万円ほどになる。


(一千万円の価値がある白金貨が一万枚ということは……一千億円ということか?)


「……もらい過ぎでは?」


「足りないくらいですよ」


 セレスティーヌが心外だとばかりに首を振る。


「サブノックが倒されたことにより、平原の開発が可能となりました。次の魔境の主が生まれる前に他の魔物を討伐してしまえば、アイウッド王国は広大で豊かな穀倉地帯を得ることができるのですから」


 サブノック平原は魔境。魔物が生まれやすい土地だが、開墾に成功すれば作物が育ちやすい豊穣の土地となる。

 王国の民を永続的に食わせていけるほどの穀倉地帯が得られれば、作物の輸出による利益も莫大であろう。

 そこで得られる収入に比べると、白金貨十万枚は高すぎる報酬ではなかった。


「また、レストさんには『子爵』の地位と領地が与えられることになります。貴族の仲間入りというわけですね」


「「「ええっ!?」」」


 セレスティーヌの言葉にレストとローズマリー姉妹が驚きの声を上げる。

 ユーリも声は発さなかったが、大きく目を見開いていた。


「貴族って……レストはローズマリー侯爵家の婿になる予定なのよ!?」


「私達と結婚できなくなってしまうのですか……?」


 ヴィオラとプリムラが身を乗り出して、セレスティーヌに詰め寄った。

 友人の詰問にセレスティーヌは苦笑しつつ、両手を左右に振る。


「まさか。レストさんがローズマリー侯爵家に婿入りすることを邪魔するつもりはありません。お二人の子供が継ぐことができる爵位と領地が増えたとお考え下さい」


 つまり……レストはローズマリー侯爵家の当主としての地位と、新興の子爵家の当主を併せ持つことになる。

 大貴族であれば複数の爵位を持ち合わせていることは珍しくないことだった。


「領地についてですが……今後、開拓されるサブノック平原の三分の一がレストさんに与えられます。残りの三分の二は、王家と他家の貴族に分割されることになります。レストさんと一緒にサブノックを討伐したリュベース卿も、功績第二位として『男爵』と領地が与えられることになるでしょう。後日、王宮で正式な叙勲が行われます」


 女嫌いの剣聖……ヴィルヘルム・リュベース。

 彼もまた、今回の功績により立身出世することができるようだ。


(騎士団長に一歩近づいたというわけか……おめでたいことじゃないか)


「平原の三分の一。大盤振る舞いの広さだなあ」


 横で話を聞いていたユーリが不思議そうな顔をしている。


「敵の大将を討ち取ったのだから報酬としては申し分ないが……それにしては、『子爵』は低くないだろうか?」


 与えられる領地の広さと爵位があっていない。

 平原の三分の一もの広大な土地を与えられるとなれば、最低でも伯爵以上の爵位が妥当である。

 ユーリの言葉を受けて、レストの隣にいるプリムラも挙手をした。


「ユーリさんの言う通りです。それに……いくらローズマリー侯爵家の後ろ盾があるとはいえ、平民のレスト様がいきなりそれだけの土地を与えられたら、嫉妬する人間も多いのではないでしょうか?」


 心配そうに言うプリムラ。

 平民のレストがローズマリー侯爵家を継ぐだけでも、妬んでいる人間は数多かった。

 さらに広大な土地まで与えられるとなれば、他の貴族から執拗な嫌がらせがあるかもしれない。


「問題ありませんよ、王家に近い主だった貴族らにも土地が分けられることになっていますので。それに……王家の決定に真っ向から反発する貴族は、近いうちにまとめていなくなるでしょう」


「いなくなるって……」


 どういう意味だ。

 レストが視線で問うと、セレスティーヌがどこか呆れたような顔で口を開く。


「反主流派の筆頭……アイガー侯爵が反乱を起こしました。ローデル第三王子を旗印として、王家に宣戦布告をしてきています」

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