第121話 家名を考えます
「家名……家名か……」
新興貴族の当主になることが決まったレストは、ブツブツとつぶやきながら廊下を歩いていく。
叙勲式までに、新しく名乗ることになる家名を決めておかなければいけないのだが……どんな名前が良いだろうか?
(日本人だった頃の名前を使うのなら、本多って名前になっちゃうけど…………ないな。絶対にありえない)
レスト・ホンダ。
明らかにない。無しよりの無しである。
(だったら、好きだった小説の主人公の名前とか? ジークフリートとかペンドラゴンとか?)
しかし……書庫から取ってきた貴族名鑑で調べてみると、どっちの貴族も存在するらしい。同じ家名を使うことはできない。
(こんな中二病丸出しの名前が使われているなんて……もしかして、俺以外にも転生者がいたのか?)
「あ、レスト。どうしたのよ、難しい顔して」
「ヴィオラ」
考えながら廊下を歩いていると、風呂上がりのヴィオラと出くわした。後ろにはプリムラとユーリの姿もある。
三人ともネグリジェの上にカーディガンを羽織っただけの格好。
家の中なのだから好きな服を着ても問題はないのだが……年頃の男子としては、やや目に毒に感じられる。
(ヴィオラとプリムラはまあ、見慣れているから良いよ。婚約者だし。だけど……ユーリのそれはちょっと不味い気が……)
「この子ってば、寝間着を持っていないみたいなのよ。だから私が持っていたのを貸したのよ」
ヴィオラがそんなことを説明する。
ユーリも湯上りで肌を上気させ、ニコニコと笑いかけてきた。
「ああ。カトレイア侯爵家の屋敷では、兄達がみんな風呂上りは裸で廊下を歩いていたからな。私だけは何故か許してもらえなかったんだが……家を出てからは、自室では裸で過ごすようにしているんだよ。さすがに人の家でそんな格好でいるわけにはいかないから、寝間着を貸してもらったんだ」
訊いてもいないのに、ユーリがそんなことを説明してきた。
どうやら、カトレイア侯爵の一族は裸族のようだ。本気でどうでも良い情報だが。
「どうだ、似合うかい?」
「ああ……似合っているんじゃないかな?」
どうだとばかりに腰に手を当てて、ユーリが自分のネグリジェ姿を見せつけてくる。
レストは直視しないようにしつつ……無難に褒めておく。
「それよりも……レスト様はどうされたんですか? お悩みのようでしたけど……」
「ああ……ちょっと考え事があってね」
プリムラの問いに答えて、レストは三人を連れて廊下を移動する。
風呂上がりに廊下で立ち話などしていては、三人が湯冷めしてしまう。
談話室に連れていき、ソファにかけて事情を説明する。
「ふうん、家名ね……『ローズマリー』じゃダメなのかしら?」
「ローズマリー侯爵家とは別の家になるから、別の名前にした方が良いそうだよ。ややこしくなるからね」
「面倒臭いわね……叙爵したってローズマリー侯爵家の人間には変わりないんだから、同じ名前で良いのに」
「あー……上位貴族の中には、複数の爵位や家名を持っている方は少なくないですからね。父もいくつかの爵位を持っているはずですよ?」
唇を尖らせる姉にプリムラが補足する。
横で話を聞いていたユーリが「うーん」と唸って、人差し指を立てる。
「だったら、ジャイアントとかどうだろう? 強そうじゃないか?」
「強そうではあるけれど……正直、自分に合っている気がしないなあ」
「そうか……ならば、強い動物の名前で……ライオンとかタイガーとかバッファローとか、ホークやイーグルなども語呂が良くて格好良くないかな?」
「それ……わざと言ってないか?」
「何の話だい?」
妙な引っ掛かりを覚えてレストが眉をひそめるが……ユーリは不思議そうな表情だ。
やけに統一感のあるネーミングから、ユーリも転生者なのではないかと疑ってしまった。
「そういえば……この国の貴族って、花の名前が多いよな。何か理由があるのか?」
ローズマリー。カトレイア。クロッカス。いずれも花の名前である。
学園の同級生の中にも、花の名前を名乗っている者が何人かいたのを思い出す。
「えっと……アイウッド王国を建国した初代国王、そのお后であった御方が花を育てるのが趣味だったそうですよ。彼女はお気に入りの臣下に花の名前を与えたらしく、それが現在まで残っているそうです」
「へえ……なるほどね」
プリムラの説明にレストが頷いた。
「つまり、花の名前がついている貴族は初代のお后様のお気に入りだったわけか……そうやって聞くと、妙に親近感が湧くな」
「全員が全員、そうというわけではありませんよ? 後からそれにあやかって、花の家名を名乗るようになった貴族もいますから。レスト様も家名に迷うようでしたら、そうすると良いですよ」
「花の名前か……」
残念ながら、レストはそれほど花に詳しくはない。
パッと思いつくのは、桜や梅、菊といった日本の花ばかりである。
「プリムラは何か思いつく名前はあるか?」
「そうですね……チューリップやヒヤシンス、ピーチなどはどうでしょう? どれも家名としては使われていなかったはずですけど……」
「うーん……」
レスト・チューリップ
レスト・ヒヤシンス
レスト・ピーチ
どれもパッとしない名前である。後ろから呼ばれて、振り返る自信がなかった。
貴族名鑑をパラパラとめくっていくが……レストが知っているような有名な花はすでに使われてしまっていることが多い。
(どうせなら縁起の良い名前が良いよな……せっかく自分で自分の苗字をつけられるわけだし。縁起の良い名前。おめでたい、幸運の花……)
「そうだ……『クローバー』とかどうだろう?」
レストはふと思いついた名前を口にした。
レスト・クローバー。それなりに耳当たりは良い気がする。
四つ葉のクローバーを連想させる言葉でもあるし、縁起も良い。
「クローバー……良いですね。その名前の貴族はいないはずです」
「良いじゃない。レストに似合っていると思うわよ」
プリムラとヴィオラも同意してくれる。
「ヴィオラ・クローバー……うん、悪くないわね」
「プリムラ・クローバー……はい、気に入りました」
「いや……君達は名乗る必要はないんじゃないかな?」
レストは新興の貴族として叙勲される予定だが、ローズマリー侯爵家に婿入りするのも変わらない。
婿入り先の娘さんである二人が『クローバー』を名乗る意味はない。
「ユーリ・クローバーか。うんうん、語呂が良いじゃないか。私も気に入ったよ」
「「ええっ!?」」
ユーリが唐突に爆弾を投げ落としてきて、ヴィオラとプリムラがそろってソファから立ち上がるのであった。
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