第218話 使用人がニヤニヤしています

 王都に到着した三人は、そのままローズマリー侯爵家のタウンハウスに到着した。

 そこまで長い時間が空いているわけでもないのに、ここに戻ってくるのも随分と久しぶりな気がする。


「フウ……実家に帰ってきたような安心感ね」


「実際、実家のようなものですからね。ホッとしますよ」


 ヴィオラとプリムラも安堵の息を吐く。

 ここはあくまでもタウンハウスであり、二人の故郷は厳密にはローズマリー侯爵領である。

 しかし、成長してからはこちらの屋敷で過ごすことが増えており、第二の故郷といえる場所だった。


(それは俺にとっても同じだな……)


 レストは心中で同意する。

 レストにとっての故郷は母親と過ごした王都の下町。

 その後、引き取られたエベルン名誉子爵家の屋敷は自分の家とは思っていない。

 この家が自分の人生を変えた場所。第二の故郷である。


「おかえりなさいませ。ヴィオラ様、プリムラ様、レスト様」


「お嬢様、若旦那様。おかえりなさい」


 屋敷のエントランスで、侯爵家の使用人が三人を出迎える。

 かつては執事見習いをしていたレストであったが……叙爵されて貴族になってからは、使用人達はより丁寧に接するようになっていた。

 呼び方も様付け、『若旦那』などというものになっている。


「長旅、お疲れでしょう。食事と湯あみの準備ができていますが、どうされますか?」


「先にお風呂が良いわね」


「はい、私もです」


 侍女の言葉に、ヴィオラとプリムラが答える。

 長旅というほどではないものの……サブノック平原にある開拓村から王都まで数時間の道のりだった。

 ずっと馬車に揺らされていて、かなり疲れていた。


「後から行くから、レストは先に行っておいてね」


「待っていてください。レスト様」


「…………ああ」


 当然のように、二人と一緒に入浴することになっていた。

 ヴィオラとプリムラが廊下の奥に消えていき、残っている使用人が生温かい視線を向けてくる。


「それじゃあ、また後で……」


 レストは気まずい気持ちになりながら、そそくさとエントランスから離れた。


「これはこれは……レスト様。お帰りになりましたか」


「ディーブル先生」


 浴室に向かう途中で、ロマンスグレーのヒゲを生やした執事が話しかけてくる。

 侯爵家の当主であるアルバートの側近。元・宮廷魔術師でレストにとっては魔法の師匠であるディーブルだった。


「噂には聞いておりますよ。開拓では随分と活躍されているようですね」


「ディーブル先生のおかげですよ。貴方に師事しなければ、今の自分はありません」


 それは本心からの言葉だった。

 レストは無限の魔力を持ち、卓越した魔法センスの持ち主である。

 しかし、ディーブルのような実戦的な魔術師に教えを受けなければ、その才能も腐っていたことだろう。

 サブノックやローデルに敗北していたし、そもそも、学園に入学することはできなかったかもしれない。


「良ければ、また模擬戦でもどうですか?」


「ハハハ……御冗談を。今のレスト様にはとても敵いませんよ」


 ディーブルが苦笑いを浮かべて、両手を上げて降参する。


「私が使える魔法で、レスト様が使えない魔法は存在しません。技術や対人戦闘技能も並ばれてしまいましたし、もはやレスト様に勝つことはないでしょう」


「そんなことはないと思いますけど……」


 いつの間にか、ディーブルを超えていた。

 嬉しいような、寂しいような気持ちである。


「また、ゆっくり開拓での出来事を聞かせていただけると嬉しく思います。さあさあ、お嬢様もじきに来られるでしょうし、浴室にどうぞ」


「ム……」


「お邪魔はいたしませんので、どうぞごゆっくり」


「…………」


 心なしか愉快そうな顔をしているディーブルに渋面になり、レストは気まずさを深めながら浴室に向かうのであった。

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