第234話 王太后の復讐
「…………」
翔子の……あるいは、王太后フレデリカ・アイウッドは凄惨な過去を吐露した。
(王太后は家族や婚約者を殺害されて、暴君に無理やりに妃にされた。その話は知っていたが……)
まさか、本人の口から直接それを聞くことになろうとは。
レストが無言で見つめていると、翔子が口に含んでいた棒付きキャンディを出して青空に向けて掲げる。
『正直さ、勝ち確だと思ってたのよね。貴族令嬢に生まれて優しい家族と婚約者がいて、未来まで読めてさ。絶対に今度は幸せになれると過信してた系なのよ。だから……舐めていたわ。人間の悪意ってのを』
「…………そうか」
『アタシって昔からそういうのに鈍いんだよね。男の人に好かれるのは得意なんだけど、同時に憎まれたり傷つけられたりもする。前世でも事故る時に背中を押された気がしたんだけど、やっぱアレも殺されたのかなー? 告られて断った山田とかが犯人だったのかなー?』
「それは知らないが……未来予知で回避できなかったのか?」
『あの能力はアクティブ系だからねー。使おうと思わないと使えないのよ。興味無し無しだった王さまの動向とか知らないって』
翔子が溜息を吐いて、再び棒付きキャンディを口に入れる。
『でも……視とくべきだったんだよね。あんま未来を読んだら退屈だからとか言わないで、ちゃんと視ておくべきだった。そしたら、パパもママもダーちゃんもルー君も死ななかった。ルー君なんて、まだ十歳だったんだよ?』
「…………」
『だからさ、超仕返ししたのよ。未来予知をフル活用して、遠慮無しで男の人を口説いて。そうやって……あの王さまをぶっ殺した』
ガリガリと音を鳴らして、キャンディを噛み砕く。
残った棒をゴミ箱に向けて投げた。
『あの人は超嫌われていたから、わりと簡単だったわー。アタシは見事復讐を成し遂げたってわけ。めでたしめでたし……じゃないか。やっぱ』
「…………」
『これでアタシの話は終わり。いやー、聞いてくれてスッキリしたわー』
「…………まだだろ」
『うん?』
「まだ聞いてないぞ……どうして、ローデルのことを甘やかして堕落させた」
それはどうしても、聞いておかなくてはいけなかった。
ローデルは最低な男であったが……もしも堕落することが無ければ、あるいはレストと戦友になっていたかもしれない。
あの戦いの中で、確かに通じ合う何かを感じたのだから。
「話せよ。俺はそれが知りたいんだ」
『あー……そだね。それも話さなくちゃいけない系かあ』
翔子は困ったように笑うと、ウェーブを描いている髪を弄って指に巻きつける。
『ローちゃんを『馬鹿』にしたのはさ、復讐だよ』
「復讐? 暴君に対してか?」
『違う、違う……理不尽な世界に対しての復讐』
「…………?」
翔子の言葉にレストが疑問符を浮かべる。
世界に対しての復讐。その言葉の意味がわからなかった。
『いや……あの時のアタシは、フレデリカはちょっとおかしかったんだよね。大切な人が一人残らず死んでしまって、復讐の相手もいなくなって。手元に残っているのは憎い男に無理やり産まされた子供だけ。子供に罪はないんだけど……それでも、手放しでは愛せなかった。あの子は性格はともかく、顔は憎い王さまにそっくりだったから』
「…………」
『協力者はいても、苦しみを理解してくれる人はいない。そのくせ、立派な王太后であることを求めて頼ってくる。気が狂いそうだったわ』
翔子が物憂げに溜息を吐いて、脚を組み替える。
『だからさ……誘惑に乗っちゃった系。あの人達、『タクフィール・カーヘン』に』
「タク……何だって?」
『『タクフィール・カーヘン』。賢人議会と敵対している、もう一つの転生者のグループ。世界の終わりを願っている人達だよ』
「そんな連中がいたのか……世界の破滅って……」
馬鹿げた話である。
そんな空想の世界みたいな悪の秘密結社が存在するというのか。
『そういう反応になるよね。あの人達はさ、アタシ達がこの世界に転生したのは……もっと言えば、前世で理不尽な死に方をしたのは、この世界の神様のせいだと考えているみたい。だから、神様への復讐として世界を滅ぼそうとしている系みたいなのよね』
「そんな馬鹿な……」
『まあ、中二病の集まりってこと……その人達の口車に乗って、フレデリカは馬鹿をやっちゃったみたいだけどね』
翔子が自嘲するように笑い、両手を合わせた。
『本来の未来であれば英雄として多くの人を助けるはずだったローちゃんを狂わせて、暴君みたいに育てて。アイガーさんみたいな不穏分子を国内に残して。理想の王妃になるはずだったセレスちゃんをローちゃんの婚約者にして、王妃になれないようにして……アイウッド王国にたくさんの爆弾をバラまいた』
「…………」
『たぶん、賢人議会の人達に回収されちゃった爆弾もあるんだよね。転生者の未来は読みにくいから、どうなったか知らないけどさー』
翔子が立ち上がって、スタスタと歩いていく。
そして……バス停から海を見下ろした。
『好き勝手に、自己満で復讐をして……そして、死期を悟ってからはこの別荘で過ごした。この土地は視察で偶然、見つけたんだけど……前世の故郷によく似ていたから。海を見つめて、趣味だった絵を描いて、そして死んだ。看取り役はヴェルちゃんに頼んだわ』
「ヴェルちゃん……?」
『学生時代の同級生。婚約者の親友で、その縁から良くしてくれたのよね。ザンリューシネンを箱に入れてくれたのもあの人。確か、今は王立学園の先生をやっているはずだけど?』
「王立学園の教師。まさか……ヴェルロイド・ハーンか!?」
学園長。賢人議会のメンバーであるヴェルロイド・ハーン。
国内最高の魔術師と呼ばれているあの男であれば、人間の記憶を箱に封じ込めることも可能なのかもしれない。
『自業自得ではあるけれど……死んで地獄に堕ちるのはちょっと怖かった。せめて、前世のまっさらな自分だけは残して逝きたかったのよね。これも自己満だけどさ』
翔子は海を見つめながら、切なそうな表情をする。
長い長い溜息を吐いて……ゆっくりと首を横に振った。
『前世ではこんな田舎は捨てて、早く都会に行きたかった……だけど、転生してからは故郷が恋しくて仕方がない。ほんっとうにワガママだよねー』
「……そうか」
『はい、今度こそアタシの話はおしまい! ゴセーチョーありがとうございましたっ!』
翔子は「パンッ!」と強く両手を合わせて鳴らす。
途端、周囲の景色が揺らいでいく。まるで全てが蜃気楼になってしまったかのように。
「なっ……!」
『ありがとねー。話を聞いてくれて感謝するわ……コレ、御礼だから』
「ンプッ……!?」
口の中に何かが押し込まれる。
甘い……その正体は棒付きキャンディだった。
ストロベリーの甘酸っぱさが口いっぱいに広がっていく。
『それじゃあ、ウッピーはアタシみたいに後悔しないような人生を送ってね。それじゃあ、またねー』
一方的に別れが告げられ……次の瞬間には景色が完全に崩壊した。
「あ……」
そして……気がつけば、レストは先ほどと同じ書斎に立っていたのである。
――――――――――
カクヨムコン9にて異世界ファンタジー部門で特別賞を受賞いたしました!
書籍化とコミカライズも決定しております。皆様の応援に最大最高のの感謝を!
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