第235話 戻ってきました

「ここは……別荘の書斎か。戻ってきたのか?」


 見知らぬ場所。日本のどこか田舎町と思われる場所で女子高生と話していたはずなのに、気がつけば元の場所に戻ってきていた。

 レストの手には古びた木箱が握られている。

 開かれた扉の中身は空っぽ。何も入ってはいなかった。


「夢……じゃないよな」


 幻覚……だったのだろうか。

 少なくとも、現実として起こったことではありえない。


「王太后……いや、翔子……」


「レストさん、どうかされましたか?」


 廊下から声がかかる。

 振り返ると、セレスティーヌが部屋の中を覗き込んでいた。


「その箱は……空っぽですわね。何が入っていたのでしょう?」


「セレスティーヌ嬢……あれから、どれくらい時間が経ったのかな?」


「どれくらい……申し訳ございません。仰っている意味がわかりませんが」


「えっと……君が部屋から出ていってから、どれくらいの時間が経ったのかと」


 レストが問いの内容を変えると、セレスティーヌは不思議そうな顔をしながらも質問に答えてくれる。


「私が部屋を出ていったのは五分ほどの間だけです。地下室を見てきたのですが、おそらく食料などを入れておく倉庫だったようです。すでに片付けられていて、空の木箱や麻袋が残っているだけでしたわ」


「そうか……」


 体感時間では三十分は話し込んでいたつもりだったのだが、五分しか経っていなかったようである。

 あの場所では時間の流れも違うのかと、プチ浦島太郎の気持ちになった。


「……地下室に何もなかったのなら、この別荘には何も無さそうですね。もう行きましょうか」


 翔子の話によると……王太后がこの別荘で晩年を過ごしていたことに深い意図はなく、本当に最後の時間を前世の故郷と似た場所で過ごしたかっただけのようだ。

 ならば、この木箱以上に大切な物は残っていまい。

 レストは空っぽの箱を閉めて、引き出しの中に戻した。


「別荘はこのままにしておきましょう。自然に朽ちるその時まで」


「……レストさんがよろしいのであれば、そのように。ここはすでにレスト様の土地ですもの。お好きなようになさりませ」


「ああ……それじゃあ、帰ろうか。色々と手間をかけてしまって悪かったね」


 レストにとっては、王太后がどんな意図でローデルの教育を失敗したのか……そして、賢人議会と敵対しているという秘密結社の存在を知ることができたので収穫があった。

 しかし、セレスティーヌはただ付き合わされただけの無駄骨である。さすがに申し訳ない気持ちになってくる。


「構いませんわ……ご迷惑をおかけするのは、こちらも同じですもの」


「うん? どういう意味かな?」


「私は……いえ、王家とクロッカス公爵家は今後ともレスト様にご迷惑をおかけすることになると思います。それを考えれば、この程度の手間は軽いものですわ」


 いくつもの戦いで成果を示してしまったレストは、もはや中央の政治と無関係な立場とはいえない。

 これからは国難に関わる問題まで、押しつけられることになるだろう。


「私にできることがあるのならば、今後とも遠慮なく仰ってください。そちらの方が気が楽ですわ」


「……善処するよ」


 セレスティーヌの言葉に肩をすくめた。


 王家から問題を持ち込まれるのはノーセンキューな話であるが、飛躍を望んだのはレストの方である。

 平凡に生きたいのであれば、王立学園に入学することもなく、ローズマリー侯爵家の姉妹からも離れるべきだったのだ。


(自分で覚悟して上に昇ることを選んだんだ。特権に付随する義務はやりたくないなんてワガママだよな、うん)


 レストは自分に言い聞かせるようにそんなことを考えながら、王太后が最期の時間を過ごした別荘を後にしたのであった。

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