第172話 定期報告会ですが何か?

 サブノック平原の開拓が始まって一ヵ月。

 第二王子アンドリューをリーダーとした開拓団の拠点はかなり規模が大きくなり、ちょっとした町のようになっていた。

 最初はいくつものテントが張られてキャンプ地になっていたのだが、運ばれてきた木材によって小屋がいくつも建てられている。

 商人が店を開いており、どこからかやってきた気の早い許可を取って流民が畑を耕したりもしていた。


 開拓は順調に進んでいる。

 人もどんどん集まってきており、誰もがこの地が変わっていく姿と勢いを目の当たりにしていた。


「それじゃあ、定期報告会を始めようか」


 そんな中で開かれた、報告会。

 場所は開拓団の拠点……まだ名もなき開拓村の中心部に建設された建物である。

 その建物は他の小屋よりもずっと大きく、中には円卓とそれを囲む椅子が設置されていた。

 円卓に置かれた席……その一つに着いているのは、この地の主であるアンドリュー・アイウッドである。


「それぞれ、自分達の担当区域について報告してくれ」


「はい、開拓村近郊部についてです」


 アンドリューに促されて、一人の女性が立ち上がって報告を始める。


「この村を中心として、開拓村が徐々に拡大しています。移民はすでに三百人を超えており、それぞれに振り分けた場所で畑を作っています」


 アンドリューは耕して開拓した土地を与えることを条件にして、王国中から移民を募集している。

 それにより、家や土地を継ぐことができない若者、貧困などが原因で職や帰る場所を失った人間が集まってきていた。


「土地は余っているので、奪い合いなどのトラブルは起こっていません。ただし……このままでは、食料が先に尽きてしまうかもしれません」


「そうか……追加で手配するようにしておこう。資金は十分にあるからな」


 部下の報告に、アンドリューが頷いた。


「平原北部。カトレイア侯爵家とローズマリー侯爵家が主導して、開拓を進めています。特に問題無し」


「平原南部。クロッカス公爵家が開拓を主導。こちらも特に問題無し」


 それぞれの家の代表者が報告を続ける。

 そして……席の一つに着いているレストも立ち上がった。


「平原中心部。魔物の大部分を討伐完了。そろそろ、魔方陣を設置して本格的に町の建設を行っても良いかもしれません」


 アンドリューに向けて、レストが報告をする。

 本来であれば、平原の端から中心部に向かって徐々に開拓を進めていくべきである。

 しかし、サブノック平原は魔境だ。中心部にこそ魔力が噴き出す『龍穴』がある。

『龍穴』を魔方陣によって塞ぎ、早々に町を築かなければ、新たな魔境の主を生み出してしまう可能性があるのだ。


「ああ、そちらも手配しておこう。腕の良い結界術士は少ないが……優先的に回してもらうように王宮に書状を送っておく」


 アンドリューが満足そうに頷いた。

 平原中心部はいずれ公爵として臣籍降下するアンドリューの直轄地となる予定だ。

 自分が治めるべき土地が順調に切り拓かれていることに、安堵している様子だった。


「君には本当に働いてもらって済まないと思っているよ。クローバー伯爵。この礼はいずれ必ずさせてもらう」


「恐縮です」


 カイムは軽く頭を下げてから、椅子に座った。


「それじゃあ……平原東部の開拓はどうかな?」


「…………」


「担当の者、報告を頼む」


「…………」


「……担当者、いないのか?」


「…………」


 アンドリューが再度、呼びかけるが……平原東部の開拓担当者がいっこうに報告を始めようとしない。


「ラベンダー辺境伯令嬢? ウルラ・ラベンダー嬢?」


「…………」


 アンドリューから呼びかけられたのは……円卓の席の一つに座っている少女。

 紫色の髪をボブカットにした小柄な少女……ウルラ・ラベンダーだった。

 ウルラは相変わらず、人形のような顔で無言。言葉もなく座っていると、椅子に人形が置かれているのではないかと勘違いしてしまいそうだ。


「ム……」


「…………」


 そんなウルラ嬢の視線は円卓の反対側に座っている、レストにガッチリと固定されていた。

 いったい、何が面白いのだろう……定期報告会が始まってから、ずっとこうだった。


(この子……本当に、何で俺のことを見てんの?)


 レストが居心地悪そうに身じろぎをした。

 一ヵ月前、初めてウルラと顔を合わせてから……この開拓村で、たびたびウルラの姿を見かけるようになっている。

 見かけるだけだ。しゃべることはしない。

 あちらから話しかけてくることはなかったし、こちらから接触を試みても近づいただけ離れていく。

 そのくせ、遠くからこちらを見つめているのだ。


(呪いの人形に付きまとわれている気分だ……俺が何をしたと?)


「ウルラ・ラベンダー嬢、聞いていないのか!?」


 アンドリューの右側にいる男……ユースゴス・ベトラスが声を張り上げた。

 臣籍降下が決まっているとはいえ、王子である人物の言葉を無視するなど許されない。


「…………」


 すると……ようやく、ウルラがアンドリューの方に顔を向けた。


「東側。変化なし」


 それだけつぶやいて、ウルラは再びレストを見つめる作業を再開した。


「……クローバー伯爵」


「……俺ですか」


 アンドリューが渋面になりつつ、レストの方に水を向ける。

 どうにかしろと言っているのだろう……仕方がなしに、レストはウルラに話しかける。


「あー……ラベンダー辺境伯令嬢?」


「ッ……!」


 ウルラが「カッ!」と両眼を見開いた。

 視線が強くなり、矢のように突き刺さる。


「その……詳しい報告をお願いできるだろうか?」


「…………」


 レストが促すと……ウルラは目を見開いたまま、椅子から立ち上がった。

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