第173話 会議は踊る……かもしれない
ウルラ・ラベンダーが椅子から立ち上がって、ようやく報告を始める。
「平原東側……開拓、ちょっとずつ……です」
満を持しての報告であったが……それはあまりにも短く、淡々としたものだった。
サブノック平原の東側はラベンダー辺境伯家が主導して、寄子の貴族と共に開拓を進めることになっていた。
ラベンダー辺境伯家は先の内乱には参加することがなかったため、当初の予定では温床としての土地が与えられることはなかったはず。
しかし、平原開拓にあたって十分な資金と人間、物資を投資することと引き換えにして、東側の一部の土地が与えられることになった。
(平原の東側は湿地帯が多いから、西側から木材や石材などの物資を運ぶことが困難。王国東部にある大貴族であるラベンダー辺境伯の力を借りなければ、開拓は困難ということだな……)
西側から湿地帯を避けて大回りで物資を運ぶよりも、東側から直接運んでもらった方が効率ははるかに良い。
ラベンダー辺境伯家はカトレイア侯爵家と並んで、武闘派として知られる貴族。
開拓から締め出すようなことをして、禍根を残してしまうのも避けるべきことだった。
「ちょっとずつ……あまり、進んでいないということか?」
「…………」
ウルラが頷いた。
頷いただけ……詳細の説明はなかった。
「……平原の東側は湿地帯が多く、平坦な土地はそれほど多くありません。それが開拓の妨げになっています」
立ち上がって、ウルラの代わりに説明を始めたのは名も知らぬ女性。
レストの記憶では、初対面の時にもウルラに同行していたラベンダー辺境伯家の臣下だった。
「平地部分を中心として開拓を進めています。湿地帯については、魔物の生態調査をしつつ、開発可能であるかどうかを判断していきたいと思います。場合によっては大規模な治水工事が必要になるものと思われます……以上です」
ラベンダー辺境伯家からの報告を終わって、ウルラも隣の女性も席に座った。
「そうか……」
アンドリューが何か言いたそうな微妙な顔になっている。
おそらく……この円卓にいる大部分の人間の考えは一つだった。
(((((最初から、お前がしゃべれ!)))))
レストを含めたほぼ全員がそう考えていた。
「とりあえず……東側については、引き続き湿地帯の調査を行ってくれ。何かあったら報告するように」
「…………」
アンドリューの言葉にウルラが頷いた。
頷いてすぐに、またレストの方に視線を向けてきた。
再び、居心地の悪い時間の始まりである。
「それじゃあ、次は物資についての報告を頼む」
「はい……木材などは十分に集まっています。今のところ、不足はありません。ただ……石材の量が足りないので、商業ギルドに追加で注文をしているところです。魔物の素材を売却することで資金には問題ありません」
文官らしき男が書類を手にして報告するが……眉をしかめて、困ったような表情になる。
「食料については不足が見られます。急速に移民が増えてきたことで、小麦などが足りなくなってきています。少々、輸送に時間がかかっているようですね」
「なるほど……急がせるように私の方からも文を書いておく。とりあえずはそれで問題ないだろう?」
「はい、よろしくお願いします」
「ああ……さて、諸君」
一通りの報告を聞いて、アンドリューが改めて円卓を見回した。
全員の目を順番に見るようにして、朗々とした口調で話し始める。
「今のところ、開拓は順調に進んでいる。素晴らしいことだ。しかし……好事魔多しというように、順調な時こそ足元をすくわれないように注意して欲しい。何かあったら報告は必須。遠慮なく相談してくれ」
一同が頷き、アンドリューに向けて頭を下げる。
「よし、それじゃあまた。次の定期報告会で。本日のところは解散」
退室の許可が出る。
円卓についていた人間達がパラパラと席を立って、その場を辞していった。
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