第174話 ウチの奥さんは可愛くけなげ
定期的な会議を終えて、レストはコテージの一つに戻っていった。
以前はテントで寝泊まりしていたのだが……開拓が始まって一ヵ月。
建設されたコテージの一つを与えられて、そこが新しい拠点になっている。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい。レスト様」
扉をくぐったレストを出迎えたのは、白いエプロンを身に着けた少女である。
レストの婚約者であるプリムラ・ローズマリーだ。
プリムラの手には包丁が握られており、夕食の準備をしていたことがわかる。
「もう少しで、ご飯ができますよ」
「ああ、いつも悪いね」
「いえいえ、私の仕事ですからね。構いませんよ」
開拓が始まってから、プリムラは基本的にこの場所に常駐している。姉のヴィオラも一緒だった。
侯爵令嬢がどうなんだと思わなくもないが……もちろん、ローズマリー侯爵家の魔術師が護衛として見えない場所で待機している。
「ヴィオラは? 部屋にいるのか?」
「いえ……姉さんはユーリさんと一緒に出かけています。新しい行商人がやってきたらしくて、買い物に出ているんですよ」
「へえ、そうなのか……プリムラはいかなくても良かったのか?」
「はい、私は夕食の準備があったので遠慮したんです」
良妻である。
本当に……自分にはもったいない女性だと、レストは改めて思った。
最近では、料理はすっかりプリムラの担当になっていた。
ヴィオラとユーリも手伝うことはあるのだが……少なくとも、ユーリが一人でキッチンに立つことは許可されていなかった。
「夕食はもうじきですけど……良ければ、お茶でも飲みますか?」
「ああ、悪いな」
「いいえ、少しお待ちくださいね」
プリムラがコトコトと音を鳴らしている鍋を一瞥してから、お茶を淹れてくれた。
レストはダイニングテーブルの椅子に座って、温かな紅茶に口を付ける。
「フウ……」
ほど良い苦味の中に感じる甘さ。
紅茶の中にミルクと小さじ一杯の砂糖が落としてあるようだ。
レストの好みの味付けである。ホッとする味わいに、会議での緊張が抜けていくようだった。
「今日の会議はどうでしたか?」
「どうということもなかったよ……そろそろ、開拓の初期段階が終わりという感じかな?」
プリムラの問いにぼんやりと会議のことを思い出しつつ、答える。
魔境の開拓においてもっとも至難となるのは魔物の討伐である。
しかし、すでに魔境の主であるサブノックは討伐されており、眷属の腐食獣も大多数が討伐済み。
他のグループも順調に魔物を狩っているようで、障害というほどの物は何もない。
「こうなると……物資の補給やら人員の獲得やら、裏方の仕事の方が大変そうだね。俺もしばらくは楽できそうだよ」
「それは良かったです。お父様から連絡がありましたけど……平原の北部の開拓も上手くいっているようですよ?」
平原北部はレストの……クローバー伯爵家の領地になる予定である。
その部分の開拓はローズマリー侯爵家が主導、隣接するカトレイア侯爵家が補助についていた。
レストの領地とはいっても、レストはローズマリー侯爵家の婿である。
事実上、ローズマリー侯爵家の領地が拡大するようなものだった。
カトレイア侯爵家には十分な対価を支払うことになっていて、こちらも特に問題はなさそうである。
「……まあ、カトレイア侯爵からはユーリさんのことをアレコレと聞かれているようで、お父様が愚痴を言っているようですけど」
「ハハハ……それはそれは、義父上も大変だな……」
ユーリがローズマリー侯爵家に滞在しており、レストと一緒に開拓に参加していることはさすがにバレていた。
カトレイア侯爵は連れ戻したがっているようだが……ユーリはレストと一緒に平原中心部の調査を任されており、それを強引に連れ戻すというのは開拓の妨害行為。
第二王子であるアンドリューに対しても、彼に開拓を命じた国王に対しても不敬な行動だった。
いかにカトレイア侯爵が娘を溺愛していても……それはできないようである。
(もしかして……アンドリュー殿下。それを狙って、ユーリを俺に付けたのかな?)
考えすぎかもしれないが……アンドリューには彼なりの意図があるのかもしれない。
「ただいま、戻ったわよ!」
「夕飯はまだかな?」
そんなことを考えていると……玄関からヴィオラとユーリが現れた。
二人ともギッシリと詰まった麻袋を持っている。
「あら、レスト。もう帰ってきていたのね?」
「ああ、おかえり……え?」
二人を出迎えるレストであったが……彼女達の後ろにもう一人、別の人間がいた。
「遅くに失礼いたします。クローバー伯爵様」
「セレスティーヌ……嬢?」
現れたのはセレスティーヌ・クロッカス。
宰相の娘であり、公爵家の令嬢でもある女性が現れたのである。
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