第286話 クレイジーエイプ
クレイジーエイプというのはオラウータンほどの大きさの猿の魔物で、黒い体毛、血走った赤い目、獰猛な牙が特徴的だった。
彼らはとにかく食欲が旺盛な魔物だ。
石や土以外なら何でも食べる。魔物を食べる、動物を食べる、植物を食べる、人間だって食べる。
豊富な食料があるうちは積極的に人を襲うことがないが、食べる物が無くなれば狂ったように暴れ出す。
それこそ……人里に大挙して押し寄せ、何もかもを食べようとすることだってあった。
「この場所にクレイジーエイプの巣があることは以前からわかっていましたが、ローズマリー侯爵家は特に対処していませんでした。サブノック平原は魔物が多く、食料が豊富にあります。平原に入った冒険者から被害が出ることはありますが、近づかなければ危険はなかったので、これまで放置されていたようです」
プリムラが一同を代表して、説明する。
サブノック平原北部……ローズマリー侯爵領から近い位置にクレイジーエイプの巣があった。しかし、これまで触らぬ神とばかりに討伐されてはいなかった。
それどころか、他の魔物を間引いてくれるという点では、近隣住民は彼らの存在に助けられてすらいたらしい。
だが……そんな共生関係もいつまで続くかわからない。
平原が開拓されれば物理的な距離が近くなる。魔物の数が減れば、人間を代わりの餌とみなして襲ってくることだろう。
「開拓が進んで魔物が減ってくれば、彼らは人間を襲うでしょう……今のうちに対処しておかなくてはいけません」
「遅かれ、早かれ、クレイジーエイプは駆除しなくてはいけなかっただろうな……だったら、被害が出る前にやった方が良い」
悲しそうに表情を曇らせているプリムラの言葉に、レストは同意した。
可哀そうだとは思うが……討伐を中止にするつもりはない。
クレイジーエイプはそもそもが人喰いの魔物である。
これまではたまたま、別の食料があったから襲わなかっただけで、人間を襲う敵であることには違いはないのだから。
「それじゃあ、殴り込みだな! 私も協力するぞ!」
「とはいえ……相手は数も多いし、作戦は必要ね」
ユーリがやる気をみなぎらせて拳を握り締め、ヴィオラが唇に指を添えて考え込む。
二人とも、クレイジーエイプの駆除に賛同しているようだ。
「ああ、できれば漏れなく討伐したいな。逃げる隙を与えずに、一匹残らず」
クレイジーエイプの危険性については調べてある。
別の土地に流れれば、その土地で人や家畜を襲うことだろう。
後から誰かに迷惑がかからないよう、ここでまとめて倒しておきたかった。
「だったら、包囲しないといけないわね。巣を取り囲んで火を放ちましょう」
ヴィオラが人差し指を立てて、えげつない作戦を提案した。
「せっかく、ここには複数の魔術師もいることだし……四方から火を放てば、逃がす可能性は少ないはずよ」
「そうだな……」
ヴィオラの提案にレストは考え込んだ。
奇襲からの火攻め。妥当な作戦であるが……懸念事項がないわけではない。
「……追い詰められたクレイジーエイプが炎の中を突っ切っていく可能性があるな。散り散りになって逃げられたら、取りこぼすかもしれない」
人間も野生動物も、追い詰められると思わぬ行動をとることがある。
他に手段がなければ、クレイジーエイプも一か八か火に飛び込むくらいのことはするだろう。
火攻め自体に反対はしないが……もう一味、スパイスが欲しいところである。
「そうなると……『囲師必闕』だな、うん」
「いしひっけつ? どういう意味だ?」
レストが無意識に口にしたつぶやきを、耳ざとくユーリが繰り返した。
前世において、図書館の本で読んだ知識の一つ。
その軍略をここで取らせてもらうとしよう。
レストは仲間達とローズマリー侯爵家の魔術師達に、思いついた作戦を共有した。
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