第285話 クローバー伯爵領
レストと仲間達がやってきたのは未開の土地。サブノック平原の北部……クローバー伯爵領である。
レストが所有する土地ではあるものの、そこには何もないだだっ広い平原が広がっていた。
領民も一人もいないが、土地だけはとにかく広い。
魔獣サブノック討伐、第三王子ローデル・アイウッドの征伐によって手柄が十分過ぎるほどにあるため、とにかく広大な土地を王家は与えてくれたのだ。
「見渡す限りが俺の土地……何というか、遠くまで来たものだな……」
国王陛下から直々に表彰を受けた時にも思ったのだが、過分な評価を与えられたものである。
エベルン名誉子爵家で虐待され、貴族とは名ばかりの扱いを受けてきた自分が、本当に偉くなったものだ。
(ヴィオラとプリムラの婚約者になった時、覚悟を決めたつもりだけど……ここまで偉くなるつもりはなかったなあ……)
レストはすでにローズマリー侯爵家を継ぐことが決まっていた。
クローバー伯爵家と併せて、最低でも二つの爵位が手中に収まることになる。
二つの領地を合計すれば、公爵領すら凌駕する、王国内でも屈指の大貴族になることだろう。
いずれ生まれてくるレストの子供達に領地は分散され、それによってパワーバランスは整えられるだろうが……下手をすれば、王家すら脅かしかねない権力を得てしまったことになる。
(もちろん、広い土地を持っているだけ。俺よりも立場が上の人間なんて大勢いるだろうけど……)
「どうしたの、レスト?」
丘に立って自分の領地を見下ろしているレストに、ヴィオラが不思議そうに声をかけてくる。
「いや、良い眺めだなと思ってね」
「ああ、そうね。とてもきれいな平原だわ」
「ここから、クローバー伯爵家が始まるんですね……」
姉に続いて、妹のプリムラが会話に加わってくる。
「自然豊かな土地を開発するのは気が引けますけど……この土地にレスト様の、私達の家と町が築かれていくと思うと、感慨深いものがあります」
「そうだな……」
レストが丘から見下ろして、目の前の光景を脳裏に焼きつける。
いつか、今日という日を思い出す日が来るのだろう。
町が発展していくのを同じように丘から眺めて、「あの頃は何もなかったのにね」と家族と笑い合う日がやってくるはずだ。
(そんな幸せな未来のためにも、まずは魔物退治だ)
この場にいるのはレストとローズマリー姉妹、姉妹の護衛であるローズマリー侯爵家の兵士と魔術師である。
一緒にやってきたユーリはというと……姿が見えなくなっている。
ここまで一緒に来たはずなのに、いつの間にかいなくなっていたのだ。
「戻ったぞ、みんな」
「ユーリ……」
そうかと思えば、ユーリがヒョイッと丘の上に登ってきた。
「偵察に行ってきたぞ! 偉いだろう?」
「偉いけど……また、勝手なことを……」
「私はレストの妻になる女だからな。世話になりっぱなしは申し訳ないし、役に立つところを見せなくてはな!」
ユーリが堂々と胸を張った。
自信満々で手柄を報告してくるが、髪や服に葉っぱが付いており、どうにも格好がつかない姿である。
「まあ、いいや……それじゃあ、何があったのか教えてくれ」
「ああ、もちろんだ……事前に聞いていた話の通り。拠点を築く予定のポイントには、魔物が巣を作っていたな」
「やっぱりか……」
できれば、知らない内にいなくなっていて欲しいと思ったのだが……そう都合良くはいかなかったようである。
「巣を作っていたのは大きな猿の魔物だな。少なくとも、百匹以上はいたぞ」
「『クレイジーエイプ』……凶暴な大猿の魔物だな」
事前に報告を受けていた情報を掘り起こし、レストは渋面で言う。
拠点の建設予定地に巣を作っているのは、大猿の魔物。
高い知能を持ち、時に人間を攫ってきて喰らうこともある危険な害獣だった。
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