第156話 魔境の中心部にやってきました

 そして……レスト達一行は平原の奥地へと到着した。

 魔境であるサブノック平原、その中心部は成人男性の身長ほどの高さがある草に覆われていた。

 この場に来るのはレストもリュベースも初めてである。

 異常繁殖している植物を前にして、一同は思わず息を呑んだ。


「ここは……森じゃないよな?」


「平原のはずだろう。そうは見えないけどな」


 レストのつぶやきにリュベースが答える。

 目の前に生い茂っている高い草をよくよく見れば、ここに来る途中で見たありふれた雑草と同じ種類のものだった。

 しかし……とにかく大きい。

 いったい、どれほど豊富な栄養を受けて成長したのだろう。

 異常なほどに育っており、視界が覆われて一メートル先も見通せないほどに密集していた。


「なるほど……これが魔境の中心部か。聞いていた通り、おかしな場所だな」


 レストが目の前の草を掴み、力任せに引きちぎる。

 すると……ちぎれた草の断面部から蛍火のような黄金色の粒がポロポロとこぼれ落ちる。

 可視化するほど濃密な魔力が草の中に詰まっていた。やはりこの植物は龍穴の魔力を吸って成長したようである。


「おお、すごい! この綺麗な光が魔力なのか……私にも見えるぞ!」


「すごいな……濃厚な魔力で息がむせ返りそうだ……」


 ユーリが楽しそうに目の前の草をちぎって魔力の粒を出しており、アイシスが顔を青ざめさせて口元を抑えている。

 リュベースはユーリのようにはしゃいでこそいないものの、物珍しそうに草から出る光の粒を眺めていた。

 不可思議な魔境の景色を前にして浮足立つ若者四人。そこにアーギルがピシャリと声をかける。


「おい、いい加減にしろ! ここはもう魔境の中心だぞ!」


 若者達と比べると、成人した騎士であるアーギルはやはり緊張感を保っていた。

 浮足立っている若造に向けて冷水のような声を浴びせる。


「いつ魔境の魔力で強化された怪物が襲いかかって来るのかわからないんだぞ! ピクニック気分でいるようだったら、さっさと……」


「ガアアアアアアアアアアアアアッ!」


「引き返して……へ?」


 背後の草むらから黒い獅子のような魔物が飛び出してきて、アーギルの背中に襲いかかる。

 丈の高い草のせいで反応が遅れてしまった。アーギルの無防備な背中に獅子の牙が迫る。


「えいっ!」


「【火弾】」


 即座に動いたのは二人。

 意外なことに……ユーリとアイシスである。

 ユーリが足元の石を拾って投げて、アイシスが火の魔法を撃つ。

 石と火が同時にアーギルの背後にいる獅子の額に命中して、魔物を怯ませる。


「【風刃】【増幅】【加速】!」


「ギャッ……」


 そして、レストも魔法を放った。

 三重奏の魔法が動きを止めた獅子を両断する。


「危なかったね、大丈夫かな?」


「う……」


 ユーリが笑顔で声をかけると、アーギルが顔を引きつらせる。

 はしゃいでいる若者を叱りつけようとしていたのに、自分がその若者に助けられてしまった。

 さぞや気まずい思いをしていることだろう。


「どうやら、ここはもう魔物の巣の中のようだな……警戒を怠らない方が良い」


「ああ、その通りだな……」


 リュベースが剣の柄を握りしめながら、周囲を警戒する。

 レストも目を細めて、周りの草を睨みつけた。


(【気配察知】が上手く働かない……周りの魔力が濃すぎるんだ……)


 レストは無限の魔力を使って、常に【気配察知】の魔法を発動させている。

 普段であれば、不意打ちなんてさせないはずなのだが……濃密な魔力が邪魔をして気配を感じ取ることができなかった。


(そもそも、気配察知は生き物の魔力を感じ取る魔法だからな……周りの草全てが濃厚な魔力を孕んでいて魔物の気配が紛れ込んでしまう)


 おまけに、この丈の高い草である。

 視界も封じられているため、より一層の警戒が必要だった。


「それにしても……さすがですね、アイシスさん」


 周りを警戒しながら、レストはアイシスのことを称賛する。


「下級魔法とはいえ、あの速度で魔法を発動させられるなんて大したものです」


 レストが魔法を放つよりも先に、アイシスが魔法を撃っていた。

 魔力に関してはレストがはるかに上だが、瞬発的な発動速度ならばアイシスの方が上だった。


「そ、そうか? 改めて褒められると照れるな……」


 レストの称賛を受けて、アイシスが照れ臭そうに顔を赤くしている。

 執行部のリーダー、気の強い女傑であるアイシスにしてはやけに可愛らしい態度だった。


「レスト、私だって動いたぞ」


「ああ……すごいすごい」


 ユーリも手柄を主張してきた。

 レストが投げやりに褒めておく。


「本当に……魔法科の生徒とは思えないような反射神経と腕力だったよ。ゴリラ並みの身体能力だ」


「うんうん。ゴリラというのが何のことかわからないし、微妙に褒められているような気がしないが……まあ、良しとしよう!」


 ユーリが誇らしそうに腕を組んで、グイッと胸を張る。


「さて……とにかく、調査続行だ。アーギルさんも大丈夫ですよね?」


「…………問題ない」


 レストの問いに、アーギルが悔しそうに頷いたのであった。






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