第155話 調査を始めます

 サブノック平原中央部。

 かつて、この地の名前の由来でもある魔獣サブノックがナワバリとしていたその場所は、『龍穴』と呼ばれる地中の魔力の流れが噴き出すポイントである。

 龍穴の周辺では植物が育ちやすく、強力な魔物が生まれやすい。

 また、古来より龍穴の上に作られた都市は栄えると言われており、時にはその地を奪い合って戦争まで起こっていた。


 調査を命じられたレスト達は魔物を倒しながら平原を進んでいき、あと少しで中央部にたどり着くという場所までやって来ていた。


「それにしても……不思議なこともあるものだな。魔力を吸った魔物が成長するのはわからなくもないが、どうして都市が栄えるのだろう? 龍穴から出る魔力には町まで強化する力があるのだろうか?」


 などと疑問を呈したのはレストと一緒に平原中央部を調査するパーティーメンバーの一人。

 騎士団長の娘であるユーリ・カトレイアだった。

 ユーリは少し前までカトレイア侯爵家の屋敷に軟禁……ではなく、保護されていたのだが、再び家出をして王都に飛び出してきた。

 そして、レストに平原開拓に加わることを自ら志願してきたのである。


「魔物が強力になるように人間も強くなるのかな? 強い人間が暮らしている町であれば、確かに栄えるのもわかる気がするな!」


「……そんな単純な問題かよ。っていうか、声デケエ」


「ム……何か言っただろうか、リュベース君」


「い、言ってない! ちょ……こっちに近寄るんじゃねえ、乳デブ女!」


「逃げることはないではないか。ほらほら、


 同じく、パーティーメンバーであるヴィルヘルム・リュベースが身体をのけぞらせる。

 相変わらず、女が苦手らしく……ユーリに詰め寄られると倍の速度で飛び退いた。


 この場には六人の人間がいる。

 いずれも魔境の中央部の調査を任されるに足るだけの実力者である。


 まずは、調査隊のリーダーであるレスト・クローバー。

 伯爵という地位を得ており、魔獣サブノックを討伐した張本人。

 年齢こそ若いものの、名実ともに調査隊を率いる資格を持った少年である。


 次に、ヴィルヘルム・リュベース。

 レストと一緒に魔獣サブノックを倒した戦友。

 一年生でありながら、すでに現役の近衛騎士と同等以上の剣腕けんわんを有している『女嫌いの剣聖』。


 さらに……レストにとっては顔見知りの友人のユーリ・カトレイア。

 開拓団に急遽加わることになったユーリであったが、先日の内乱時には多くの敵を討ち取っていた。

 身体能力だけならば、このメンバーの中でトップ。武器を使わずとも素手で魔物を屠れるだけの実力者である。


「コラ、二人とも騒ぐんじゃない! 大声を出すと魔物が寄って来るぞ!」


 声を潜めて二人を一喝したのは、アイシス・カーベルト。

 生徒会執行部のリーダーであり、魔猟祭で起こったスタンピード時に多くの生徒を救い出した功績により男爵になった。

 アイシスもまた王立学園でトップクラスの実力者。男爵を叙爵していなければ、間違いなく近衛騎士団に入団していたであろう類まれな女傑。


「…………」


「やれやれ……まるで学生の遠足だな。呆れさせるぜ」


 そして……レストにとっては初対面である二人の同行者。

 黙って最後尾をついてきているのは、僧服を着た男性。手にはメイスを持っており、神官のわりにガッシリとした体格をしていた。

 名前はジャックス・レイルというらしい。神殿から派遣されてきた助っ人の人材であり、このパーティーにおける医療スタッフだった。


 そして……何故か不愉快そうな顔をしているのが、王宮から派遣されてきた騎士であるオリバー・アーギル。

 レイルと同じくスケットの人材であったが、今回の任務に並々ならぬやる気をたぎらせており、暢気に言い合いをしているユーリとリュベースを厳しい目で見ている。


「こっちは騎士としての進退がかかっているっていうのに……まったく、もうちょっと真面目にやれよな」


 アーギルがブツブツとつぶやきながら、神経質に剣の柄を指で叩いている。

 事前に教えられている情報によると……アーギルは王太后派閥の遠縁にあたる人間らしい。

 家督を継ぐことができない三男坊であるため追い出されるように家を出て、騎士団に入団。その後、実力によって順調に出世してきた人物らしい。

 このまま順調に昇進していけば、騎士団でもそれなりの地位まで昇れたそうなのだが……親戚が内乱に加担したため、とばっちりで出世街道から外れてしまったとのこと。


 そのため、汚名返上のためにも今回の任務を絶対に成功させたいようで、緊張感の欠けるメンバーに苛立っているようだった。


(まあ、立場はわからなくもない。実力も折り紙つきとのことだし、トラブルを起こさなければ良いのだが……)


 アーギルやレイルがこの調査隊に加わっているのは、さすがに学生だけで危険な任務をさせられないというアンドリューの配慮である。

 レストやリュベースが戦闘能力という点でかなり高いことは明白だが、それでも若さゆえの経験不足はあった。

 その至らぬ部分を補うため、経験豊富な騎士や神官が同行者としてつけられたのである。


「ユーリ、リュベース。アイシスさんの言うとおりだ。もう少し、緊張感を持っていこう」


 レストは部隊のリーダーとして、二人に注意をした。


「ああ、すまない。はしゃぎ過ぎたようだ」


「……フン、悪かった」


 ユーリが素直に謝罪をして、リュベースも鼻を鳴らしながら投げやりに謝罪する。

 チラリとアーギルの方を確認すると……二人が注意を受けたことで一応は納得した様子で、厳めしい顔で黙り込んでいる。


「ちなみに……ユーリの疑問に答えると、龍穴が直接都市を栄えさせるわけじゃない。龍穴から噴き出す魔力を利用して、魔物の侵入や天災・疫病の発生を予防する結界を張ることができるから、結果として栄えるんだよ」


「ああ、なるほど……さすがはレストだな。納得したよ」


 ローズマリー侯爵家にあった本の知識を披露すると、ユーリが腕を組んで感心した様子で頷いた。

 結界によって自然災害や魔物を抑止、さらに周囲の土地では作物が育ちやすくなるのだから、栄えないわけがなかった。

 もちろん、都市として栄えることがわかっているのだから、奪い合いの戦争が起こることも道理だが。


「それよりも……この辺りだな。俺がサブノックと戦ったのは」


 ちょうど、その場所にたどり着いた。

 目の前には『天照』によって穿たれた穴が開いており、破壊の痕跡があちこちに残っている。


「ここが……」


「ムウ……」


「…………」


 レストとリュベース以外の者達が息を呑む。

 この場に残されている戦いの痕は激しく、人間が付けたものとは思えなかった。

 改めて、レストとサブノックの戦闘が常識を超えたものであるかを物語っている。


「平原の中央部はこの先だ。強い魔物もいるだろうから……みんな、気をつけてくれ」


「…………」


 やけに静かになった仲間達を率いて、レストはさらに平原の奥へと進んでいった。


「さあ、ここからが平原の中央部。魔境の深層だ。みんな、くれぐれも気をつけてくれ」


 レストは仲間達にそう呼びかけて、初めて訪れることになる魔境の深層に足を踏み入れたのであった。

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