第9話 白狼を追い返します

 セドリックがやらかした。

 それが幼生体であることに気がつかず、ホワイトフェンリルの子供に攻撃をしてしまった。


(おいおい……馬鹿なのかな?)


 少し離れた茂みの中からそれを見て、レストはヒヤリと背筋が冷たくなるのを感じた。

 ホワイトフェンリルは獰猛ではあるが賢い。

 無益な殺生はしないし、ナワバリに入らなければ危険はないはずだった。


(だけど……まさか自分から狼の尾を踏みにいく奴がいるなんてね……)


 ホワイトフェンリルのことを知らなかったから仕方がない、とは思わない。

 ここは魔物の住処なのだ。もっと警戒心があってしかるべきである。


(そこでやらかすのがセドリックって男だよな……自分が世界の中心だと思っているんだろうな……)


 レストは少し前から彼らを見守っているが……セドリックが姉妹に良いところを見せようと、必死にアピールしているところも見ていた。

 姉妹は明らかにセドリックに興味がなさげだったのに、セドリックは気がついた様子もない。

 我が兄ながら痛々しくて、目を背けたくなるような有り様だった。


「とはいえ……このまま放っておくわけにもいかないよね」


 姉妹がホワイトフェンリルに襲われそうになる。

 仕方がなく、レストは割って入ることにした。


「【風球】」


「ギャンッ!」


 姉妹に喰らいつこうとしていたホワイトフェンリルの横面に風魔法を叩きつける。

 殺すのではなく、吹き飛ばすための一撃によってホワイトフェンリルが横に転がった。


「セドリックがやらかしちゃって、すまないね。もう心配いらないから大丈夫だよ」


「あ、貴方はいったい……?」


「ふあ……?」


 ヴィオラとプリムラが呆然とした眼差しをレストに向けてくる。

 レストは二人を怖がらせないように、胸に手を当てて精いっぱい紳士的な微笑みを浮かべた。


「僕の名前はレストと言います。そこに転がっているセドリックの……一応、腹違いの弟です」


「弟さん……でも、彼に兄弟がいるなんて聞いたことがないけど……」


 ヴィオラが恐る恐るといったふうに訊ねてくる。

 レストは少しだけ困ったように眉尻を下げて、事情を説明する。


「庶子として生まれたものでして、存在を伏せられているんですよ。このたびは兄がご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「後ろっ!」


 プリムラが叫んだ。

 直後、ホワイトフェンリルが襲いかかってくる。


「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「ああ、ごめんね。忘れていたよ」


「ガッ!?」


 レストの肩に喰らいつこうとするホワイトフェンリルであったが、透明の壁によって弾かれた。

 魔法によって生み出された防壁……【障壁バリアー】である。


「悪かったね。君の住処を荒らして。子供まで傷つけて」


「グルッ……!」


「これはお詫びだよ……【治癒ヒール】」


 レストはホワイトフェンリルの身体に向けて治癒魔法を発動させた。

 ホワイトフェンリルの身体についていた大小の傷が残らず消えてしまう。


「何をっ……!」


 ヴィオラが思わずといったふうに声を上げるが、視線で「大丈夫だ」と訴える。


「そっちの子供も治すよ。【治癒】」


「キュウ……」


 セドリックによって斬り裂かれ、倒れている子狼にも治癒魔法を飛ばす。

 子狼が不思議そうな顔をして立ち上がり、小さく鳴いた。


「これで手打ちということにしないかな? お互い、怪我をするのは嫌だろう?」


「グルルルル……」


 ホワイトフェンリルは唸り声を上げながら、ゆっくりと後ずさる。

 退くべきか、戦うべきか……フェンリルの瞳が迷うように揺れていた。


「もしも引いてくれないというのなら……仕方がないね」


 レストが手を挙げて、魔力を解放させた。

 レストの全身から膨大な魔力のオーラが放出される。

 熱したポットから蒸気が噴射するように、レストの身体から蒼い魔力が噴き出した。


「キャンッ!?」


 ホワイトフェンリルが驚いて子犬のように鳴く。

 本来、魔力というのは目には見えないものである。

 幼少時に神殿で魔力を測定したように、専用のアイテムを使用しなければその人間の魔力量を確認することはできない。

 しかし、レストには無限に近い底無しの魔力がある。

 あまりにも膨大で濃密すぎる魔力が、目に見えるものになっていた。


「キャンッ! キャンッ!」


 ホワイトフェンリルが我が子を口にくわえて、一目散に逃げていく。

 これだけ怖がらせれば人里に下りてくることもないだろう。


「ごめんね、恐かっただろう?」


「「え……」」


 魔力を消したレストが、へたり込んでいる姉妹を振り返る。

 ヴィオラとプリムラはそろって瞳を見開いており、レストのことを見つめていた。


「このまま森の外まで送っていくよ……それで申し訳ないんだけど、今日のことは父や兄には黙っていてくれないかな?」


「そ、それは構わないけれど……」


「あの魔力は宮廷魔術師長である父よりもすごかったです。貴方はいったい……?」


 ヴィオラとプリムラが訊ねてくるが、レストとしても説明はできない。

 ここは笑顔で押し切ろうと、笑顔を浮かべる。


「貴族ですらない、ただの馬番ですよ。どうかお気になさらず」


 その後、レストは何か言いたげな姉妹を連れて森から出た。

 セドリックと二人の男爵子息はホワイトフェンリルによって気絶させられていたが、骨折程度の怪我で命には別状はなさそうだった。

 三人の身体を【浮遊フローティング】という魔法で浮かせて、荷物のように外まで運び出す。

 個人的には見捨てても良かったのだが、姉妹の前なので自重しておいた。


 こうして、ローズマリー姉妹と邂逅したレストであったが……二人との付き合いはこれで終わらなかった。

 その後、姉妹とさらに関係を深めることになるのだが、そのことを予想もしていなかったのである。

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