第63話 馬鹿王子に軽めの「ざまあ」します

 セレスティーヌ・クロッカスの登場にローデルが忌々しそうに舌打ちをした。


「セレスティーヌ。お前は口出しをするな!」


「貴方達がしているのは暴力行為です。入学早々、処分されるおつもりですか!?」


 セレスティーヌがツカツカと教室の床を踵で鳴らして、歩いてきた。

 他の生徒よりも遅い登場となったセレスティーヌであったが……おそらく、入学式で起こった事件について教員と話をしていたのだろう。


「ドーラ伯爵子息! 放しなさいと私が言っているのが聞こえませんか!?」


「…………フン」


 セレスティーヌが鋭く命じると、取り巻きの大男……ドーラというらしい大柄坊主頭の男が手を放した。

 レストは床に着地しつつ、状況を観察する。


(セレスティーヌ嬢はこの馬鹿王子の婚約者だったな……婚約者として、コレの暴走を止めてくれるのかな?)


「ローデル殿下、貴方のクラスはDクラスだったはずです。このクラスに何の御用ですか?」


「……Dクラスは私に相応しくない」


 セレスティーヌの問いに、ローデルが忌々しそうに答えた。


「この私がDクラスだなんて間違っている。不正は正さなければならない。邪魔だてするのなら許さないぞ?」


「厳正な試験の結果です。いったい、何の文句があるというのですか?」


「私は的撃ちで200点を叩き出した。合格ラインは超えていると言っている!」


「確かに、殿下は実技試験の成績はとても優秀であると聞いております。しかし、筆記試験の答案をほとんど白紙で出したのでしょう? 最下位のクラスでも入学できたことを喜ぶべきではありませんか?」


「貴様……!」


 ローデルが表情を歪めた。

 同時に、教室のどこからか「プッ……」と噴き出すような笑い声が聞こえてきた。


「ッ……!」


 ローデルが睨みつけると、Aクラスの生徒は一斉に目を逸らした。


「本来であれば、ローデル殿下の成績は合格ラインに届いてもいないのです。それなのに入学することができたのは王太后様と側妃様に気を遣ってのこと。クラス分けに文句があるのでしたら、期末試験で上のクラスに入れるように勉学に励んでは如何でしょうか?」


「この私に四ヵ月間、最下位のクラスで甘んじろというのか……貴様、それでも私の婚約者か!?」


「婚約者であるからこそ、正道を説いております。それとも……期末テストで良い成績をとる自信がないのでしょうか?」


「このっ……!」


 ローデルが顔を真っ赤にして、セレスティーヌに掴みかかろうとする。

 セレスティーヌは動かない。咄嗟のことで反応が遅れたのか、それともあえてローデルの暴力に身をさらそうとしているのか。


(【氷結フローズン】)


 代わりに動いたのはレストである。

 ローデルが踏み出した右足の下に、気づかれないように魔法を使って氷を生み出した。


「ぬおっ!?」


「キャッ……」


 狙い通りに氷を踏んでしまったローデルが滑ってバランスを崩す。

 レストがそっと手を伸ばしてセレスティーヌの腕を掴んで引き寄せると、同時にローデルがステンと前のめりにすっ転ぶ。


「ぐお……あ……!」


「で、殿下! 大丈夫ですか!?」


「ヒイッ! 殿下あ!」


 取り巻き二人が慌ててローデルに駆け寄った。

 受け身をとることも出来ずに頭から床に突っ込んでしまい、顔面を強かに打ちつける。


「ブハッ!」


「フ、ハハハッ!」


 途端、教室のあちこちから噴き出すような失笑がこぼれる。

 笑いの基本は緊張と緩和。

 あわやというところで勝手に転んだ王子の姿に、あちこちから笑い声が上がっていた。


「クッ……こ、このっ……!」


 ローデルは立ち上がってAクラスの生徒を睨むが……ダラリと鼻から血が出ており、そんな威圧に気圧される人間はいなかった。


「で、殿下! すぐに医務室へ!」


「ヒイッ、ち、血がああっ!」


「く、クソ、下賤どもめが……」


 三下の捨て台詞を残して、ローデルが取り巻き二人に連れられてAクラスの教室から出て行ってしまった。教室がますます笑いに包まれる。


「えっと……これは何の騒ぎなのかしら?」


「レスト様?」


 教室に戻ってきたヴィオラとプリムラが首を傾げる。

 その後ろでユーリも不思議そうにパチクリと瞬きを繰り返していた。


「あー……後で時間ができたら話すよ。それよりも……」


 壁にかけられた時計がカチリと動いて、予鈴のベルが鳴る。


「ガイダンスが始まる時間だ。さっさと席に着こうか?」


 レストは苦笑して、彼女達に席に着くように促した。

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