第62話 馬鹿王子は噂通りでした


(ローデル・アイウッドって……あの噂の馬鹿王子か!?)


 金髪の少年……ローデルの怒声を聞いて、レストは目を見開いた。

 その名前はもちろん知っているが、実際に会うのはこれが初めて。

 入学前、義父であるローズマリー侯爵から要注意人物として教えられた名前だった。


『いいかね、レスト君。貴族や王族の中には注意しなければならない人間が数多くいるが……その筆頭格はローデル第三王子だ』


 侯爵いわく、ローデルは名君として知られている国王の息子とは思えないような傲慢で高飛車な人間である。

 当然のように周囲の人間を見下して、威張り散らし、王子として生まれた自分は何をしたって許されると当然のように考えている。

 おまけに女好き。王宮で働いているメイドを力ずくで手籠めにしたり、外交のために他国からやってきた王女に手を出そうとして外交問題を起こしそうになったり……これまで引き起こした問題は数知れず。

 それなのに魔法の才能だけはあって、それがかえって『自分は優れた人間だ。選ばれた天才である』とプライドを助長させている。


『いいか、レスト君! もしもあの馬鹿王子が娘達に手を出そうとしたら、力ずくでもいいから止めてくれ! 最悪、殺したとしても私が責任を取る!』


『いや……いくら何でも、殺したら不味いでしょ……』


 ローズマリー侯爵の言葉にレストは苦笑いをしたものだが……実際にその馬鹿王子に会ってみると、殺してやりたくなるような気持ちがよくわかった。


(口調は違うけど、雰囲気がちょっとだけウチの愚兄に似ているし……一発ぐらいなら殴っても許されるような気がしてくるタイプの奴だ……)


「どうした、平民。さっさと教室から出てゆくがいい。この私がAクラスに入ってやると言っているのが聞こえなかったのか?」


 ローデルが不愉快そうに眉を顰める。

 隣にいる神経質そうな小柄の男子がクイクイッとメガネを上下させており、大柄な坊主頭の男子など腰のベルトに付けた剣を握っていた。

 まさかとは思うが……命令に従わないのなら、この場で抜剣するとでもいうのだろうか?


(不味いな……この場合、どうするのが正解なんだ?)


 目の前で威圧的に立っている三人の男子を前にして、レストは懊悩の溜息を吐く。

 とても厄介だ。対処に困る。

 相手がセドリックであれば殴ってやるところなのだが……迷惑な人間だが、第三王子には違いない。

 暴力で撃退するわけにはいかなかった。


「何をグズグズしている。さっさと立てと言っている」


「王子殿下の命令に逆らうつもりですか!? 早く出て行きなさい!」


「殿下の命令に従わぬのであれば……!」


(ウルサイな……この下っ端二人は誰なんだよ)


 声を荒げてくる取り巻き二人に辟易しつつ、レストはとりあえず椅子から立ち上がることにした。


(えっと……こういう場合、どうしたら良いんだろうね?)


 さりげなく周囲を確認すると、関わり合いになりたくないといったふうにクラスメイトから視線をそらされる。

 気持ちはわかる。レストだって、同じ立場なら同じようにすることだろう。


(仕方がない……とりあえず、まずは正論でも述べてみようか?)


「大変、失礼いたしました。ローデル第三王子殿下……よもやこのような場所でご尊顔を拝謁できるとは思わず、反応が遅くなってしまいました」


 レストは立ち上がって、優雅に頭を下げた。

 ディーブルに指導を受けた完璧なお辞儀。今すぐに社交界に出ても恥をかくことのない、洗練された動作である。


「ほう……?」


 洗練された貴族の礼を受けて、ローデルが驚いたように目を見開く。


「……貴様、平民ではなかったのか?」


「はい。一応は平民です」


「ならば、さっさとこの私の命令に従うが良い。お前が入るのはDクラスだ。く移動せよ」


「恐れながら、お聞きいたします。クラスを代われとのことですが……教員に許可は取っておられるのでしょうか?」


「フン……この私がそうしろって言っているのだから、教師ごときの許可など必要はない」


「それでは、先に許可をお取りください。物事には手続きというものがございます。然るべき手順が済んだのであればDクラスに移動しますので」


「貴様……! ローデル殿下に逆らうというのか!?」


 大男がレストの胸ぐらを掴んだ。

 そのまま持ち上げられて、床から足先が浮いた。


(へえ……わりと強い……)


 魔法使いには見えないが、騎士科の人間だろうか?

 太い腕、大柄な体格……男が身体を鍛え上げた戦士であると物語っている。


「そうですよ! どうして、第三王子であられるローデル殿下が教師ごときの許可を取る必要があるんですか!?」


 メガネの小男が下からゴチャゴチャと言ってくる。

 こちらは身体つきの通り、小物っぽさがすごい。


(噂通り、正論は通用しないタイプか……どうしたものかな。このままだと、ヴィオラとプリムラがトイレから戻ってきてしまうぞ)


 二人が……ついでにユーリがこの場面を見たら、間違いなくローデルに詰め寄って抗議するはず。


(明らかに悪いのはこの王子と取り巻きの方だけど……だからといって、積極的に揉め事を起こしたくはないな。彼女達をこの王子と関わらせたくはない)


 ひとまず、要求に従ったフリをして教室から出る。

 そして……その後で教員に今回の件を訴え出て、後処理を任せてしまおう。


「わかりました。それではそのように……」


「貴方達! 何をしているんですか!」


 無条件降伏しようとするレストであったが、鋭い声が教室に響き渡る。

 声の主は教室から入ってきた女子生徒。

 一瞬だけギクリとするレストであったが、現れたのはヴィオラでもプリムラでもユーリでもなかった。


「セレスティーヌ……!」


 ローデルが忌々しそうに舌打ちをした。


 教室の入口から入ってきたのはセレスティーヌ・クロッカス。

 ローデルの婚約者であり、公爵令嬢である女子生徒が立っていたのである。

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