第31話 ローズマリー侯爵家家族会議


 鍛錬場でアイリーシュから叩きのめされたレストはすぐさま自室に運ばれ、治療を受けることになった。

 背骨が折れかけて内臓も破裂する一歩手前だったが、幸いにも命に別状はない。

 むしろ、治癒魔法でギリギリ治せる直前まで的確に痛めつけられていたようである。


「レスト君……!」


「レスト様……!」


 ヴィオラとプリムラ……ローズマリー姉妹がレストに寄り添い、看病をする。

 いつかのやり直しの様な展開であったが……異なっているのはそこから先のこと。

 レストの看病をしていた姉妹が母親によって呼び出され、屋敷の中にある談話室へと行くことになった。


「……何か御用ですか、お母様」


「ムウ……」


 談話室にやってきた二人が母親を睨みつける。

 愛娘から恨みがましい目で見つめられて、アイリーシュが苦笑しながらソファの上で足を組み替えた。


「そんなに睨まないで頂戴。可愛い娘達」


「だって、お母様……」


「あそこまでやるなんて酷いです……」


「ちゃんと手加減はしたつもりよ。私が本気で抱いていたら、彼の内臓が全部飛び出していたわ」


「「…………」」


「ジョークよ。そんなに母を睨まないように」


 アイリーシュが娘を宥めるが、ヴィオラとプリムラの視線は厳しい。

 レストに怪我をさせたことがよほど腹に据えかねているのだろう。


「二人とも、いいから座りなさい」


 横から口を挟んできたのは同席していた父親……アルバートである。


「話があって呼び出したんだ。座りなさい」


「…………」


「……失礼します」


 姉妹がやや警戒した様子で両親の対面のソファに座る。

 娘達が腰を落ち着けたのを見計らい、アイリーシュが口を開く。


「さて……言葉を飾るのは得意じゃないから単刀直入に言うわ。ヴィオラ、プリムラ……あなた達、レストさんの子供を産みなさい」


「「…………!?」」


「ちょ……コラ、お前! 言い方があるだろうが!」


 母親の口から飛び出てきた爆弾発言にヴィオラとプリムラが唖然として、アルバートが慌てて立ち上がる。


「もっとこう……オブラートに包んでだな……」


「婉曲的な言い方よりも話が早いでしょう。彼をローズマリー侯爵家の婿として迎えることに決めました。結婚するのはあなた達二人ともよ。最低でも三人以上は子供を産むようになさい」


「お、お母様……本当によろしいのですか?」


 おずおずと訊ねたのはプリムラである。

 ヴィオラは口を大きく開けて、埴輪のような顔で固まっていた。


「レスト様を婿として迎えるのは……その、嬉しいです。でも、そんな簡単に姉さんと二人で彼を迎えることを許していただいて良いのですか……?」


 アイリーシュの提案はむしろ望むところのものだった。

 プリムラはレストと結婚すると決めていたし、姉もそうなるだろうと予想している。

 だからこそ、都合が良過ぎて疑ってしまう。

 母親の言葉に裏があるのではないかと考えてしまうのだ。


「警戒しなくて大丈夫よ。他意はありません」


 娘から疑念をぶつけられて、アイリーシュがわずかに相貌を緩める。


「元々、ヴィオラが婿を取って家を継いで、プリムラには他家に嫁いで縁を作ってもらうつもりだったわ。しかし……彼のような逸材が見つかったのであれば話は別。外と縁を作るよりも、彼の血を引く子を一人でも多く産んでもらうことがローズマリー侯爵家の……この国の繁栄につながるでしょうからね」


「お母様は……随分とレスト様が気に入ったのですね」


「拳で殴り合えば、大抵のことはわかるわ」


 アイリーシュが肩をすくめる。


「かつて……この母は一度だけ、『天帝』と称される魔術師と戦ったことがあるわ。かの『賢人議会』の議長にして世界最強の魔術師と。レストさんはまだまだ未熟で経験の浅い部分は目立ちますが、彼と通じる何かを持っているのを感じたわ」


「『天帝』……」


「彼と同等の素質を有した魔法使いを取り込むことができるのであれば、娘の二人くらい安い物よ。仮にあなた達が嫌だと泣き喚いたとしても、縛り上げて彼に差し出したことでしょう」


「…………おい」


 冗談か本気かわからない発言に、アルバートが顔をしかめた。


「そうせずに済んだのは僥倖よ。あなた達が二人とも彼を好いているのであれば、話が早い。王立学園の入学試験が終わり次第、三人には婚約を結んでもらうわ。卒業後に結婚して、すぐさま子作りに入ってもらうから」


 アイリーシュが一人で勝手に話を進めていき、姉妹にビシリと指を突きつける。


「婚前交渉は構いませんが、避妊には配慮なさい。結婚前に生まれた子供には家督の相続権が認められないので苦労させることになりますよ!」


「……婚前交渉なんて私が許さん」


 鷹揚な母親と、ボソリと怨嗟の声を漏らす父親。

 話がそこまで進んで……ようやく、放心していたヴィオラが口を開く。


「い、いいの? 私達、三人で結婚してもいいの……?」


「そう説明したわ」


「それじゃあ……卒業してからも、ずっとレストとプリムラと一緒にいられるのね?」


「姉さん……」


「嬉しい……!」


 ヴィオラが大輪の薔薇が咲くように笑って、妹に抱き着いた。

 プリムラもまた釣られたように微笑み、姉の背中を撫でる。


 いくら仲の良い双子の姉妹とはいえ……一生いられるわけではない。

 いずれは別々の道を選ぶことになり、離れていってしまう。

 だけど……レストという一人の男性を間に挟んだことにより、これから先の人生をずっと共に歩めるようになったのだ。

 愛する男と結婚できるのと同じくらい、そのことが嬉しかった。


「プリムラ……!」


「姉さん……!」


 感極まった姉妹が泣き笑いのような表情で抱き合った。

 娘達を取られてしまうことに不機嫌になっていたアルバートも、そんな二人の姿に「仕方がない……」と肩を落とす。

 談話室が和やかで幸福な空気に包まれる。


「あ……そうだ、言い忘れていたわ」


 しかし、ふと思い出したようにアイリーシュが口にした言葉により、そんな穏やかな空気がぶち壊しになる。


「彼には他にも何人かの女性を孕ませてもらうから。分家や陪臣の家から年齢の合う娘達をピックアップして……場合によっては、親交のある他家からも妾を集めよう。彼女達ともくれぐれも仲良くするように」


「「ええっ!?」」


 せっかく丸く収まったというのに、その発言により全てがぶち壊しになった。

 談話室からは親子が言い合う怒声が鳴り響き、紛糾した口論は深夜遅くまで続いたのである。

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