第133話 馬鹿王子と戦います

「進め、進め、進め! 兄上の……王太子の首を獲るぞ!」


 反乱軍の兵士を引き連れて、ローデルが戦場を駆け抜ける。

 王国軍の総大将である王太子を討ち取るため。

 自らがただの傀儡ではないと、人々に知らしめるため。

 立ちふさがる王国軍の兵士を魔法で薙ぎ倒して、戦場を真っ二つに切り裂いていく。


「撃て! これ以上、奴らを進ませるな!」


 最初こそ、無策で敵陣から飛び出してきたローデルを嘲笑っていた王国軍であったが……どんどん放たれる高火力の魔法、壁となった兵士達を突き破って進んでいくローデルの勢いに、次第に笑っていられなくなっていた。

 全力で魔法を撃ち、弓矢を射て食い止めようとするが……ローデルは止まらない。

 後に続く反乱軍の兵士は少しずつ倒れていくが、それだけである。

 このままでは、王国軍の指揮官である王太子やカトレイア侯爵がいる本陣にまで、到達してしまいかねない。


「進め! 勝利まであと少しだ!」


 蛮勇ともいえる突進を見せるローデルによって、戦場は一変した。

 形勢逆転。兵力差による優位は変わっていないというのに……いまや、追い詰められているのは王国軍である。

 あるいは……覚醒したローデルによって勝敗が覆り、王国軍が破れるという結末もあったかもしれない。

 王太子とカトレイア侯爵を討ったローデルが反乱軍を率いて王都まで攻め上がり、父王や第二王子を斃して、新たなる国王になる未来もあったのかもしれない。


 だが……そうはならなかった。

 ローデルが『覇王』となるのを阻む、ぶ厚い壁がそこにあったのである。


「【天照】」


「ッ……!」


 戦場に陰が差す。

 先ほどの出来事がフラッシュバックして、ローデルの背中がブワリと粟立あわだつ。


「【石壁ストーンウォール】!」


 咄嗟に馬を捨てて地面に転がり、防御魔法を発動させる。

 固い石の防御で身を護ったローデルへと、太陽光線が放たれた。


「「「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」


 悲鳴を上げたのは、ローデルに続いて本陣に突進してきていた反乱軍の兵士である。

 白い光線を浴びた彼らが先ほどまでの勢いはどこに行ったのか、一撃で瓦解した。


「今だ! 反乱軍を討ち取れ!」


「かかりなさい!」


 王国軍の本陣の前に立ちふさがり、光線によって敵の突撃を阻んだのはレストである。

 レストの呼び声に応えて、ローズマリー侯爵家の兵士が動く。ディーブルを先頭にして、瓦解した反乱軍の兵士へと躍りかかった。


「クッ……この攻撃は、先ほどの……!」


「ああ……防がれたようだな」


「お前は……!」


 石壁の中から這い出してきたローデルがレストを見上げる。

 憎々しげに、己の覇道の前に立ちふさがる最大の敵を睨みつけた。


「お前が、あの光の魔法を撃ったんだな……よくもやってくれたな……!」


「『よくも』と言いたいのはこっちの方だ。お前のせいで、サブノック平原でどれだけの人が死んだと思っているんだ?」


「…………!」


 レストの言葉にローデルが大きく目を見開いた。

 その瞳に浮かんでいるのは、ローデルにしては珍しい後悔の色である。


「……驚いた。馬鹿王子でも失敗を悔やむことがあるんだな」


「馬鹿王子、だと……?」


「違うのか?」


「…………」


 ローデルが表情を歪める。

 友の死を経験したことで、ローデルもまた自分の愚かしさを嫌というほど知っていた。

 それ故に反論はしない。ただ……座してやられるつもりもないが。


「若いな。お前も王立学園の生徒か?」


「そうだよ。覚えていないだろうが……アンタとも面識がある」


「…………?」


 ローデルが眉をひそめた。

 レストの顔をまじまじと見るが……誰だったのか、思い出すことができなかった。


「……まあ、覚えていないか。予想通りだよ」


 レストが肩をすくめる。

 ローデルにとって、レストなど名も知らぬ平民だろう。

 顔や名前を覚えるような価値もない。有象無象の路傍の石ころ。


「……名乗れ」


「フン……」


 ローデルが短く命じると、レストが皮肉そうに肩をすくめる。


「レスト・クローバー。一応は子爵だよ。成り上がりだけどな」


「そうか……知っているだろうが、ローデル・アイウッド。貴様らを討ち滅ぼし、この国の王になる男だ!」


 ローデルが魔力を練り、魔法を放った。

 鋭く放たれた炎の一撃がレストを焼こうとするが……水の壁によって防がれる。


 王国軍と反乱軍の戦い。

 その最後を飾るであろう、第三王子ローデルと若き英雄レスト・クローバーとの一騎討ちの幕が開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る