第115話 国王陛下は苦悩する②

 魔境サブノック平原。

 その主である腐食獣の親玉……サブノックは討伐された。

 サブノックが奥地から出てきたことに触発され、暴れ回っていた魔物もカトレイア侯爵率いる騎士団によって討滅。

 騒動は一応の鎮圧を見せたのである。


 しかし、一つの騒動の終わりが新しい騒動の発生を告げる。


「……やはり、今回の一件の原因はローデルにあるのか?」


「……おそらく、間違いないかと」


 アイウッド王国王都。その中心にある王宮にて。

 報告を受けた国王……ダーヴィット・アイウッドが頭を抱えて執務机に突っ伏した。

 国の頂点に立っているはずの王の顔に浮かんでいるのは、色濃い苦渋と後悔である。


 王立学園で年に一度、行われているイベント……魔猟祭。

 そこで突如として魔物のスタンピードが発生して、イベントの舞台となった平原の奥地から危険な魔物が大量に溢れ出してきた。

 これにより、発生した被害は少なくない。

 参加していた生徒・運営スタッフのうち二十三名が死亡。五十八名重軽傷。

 目の前で仲間が魔物に貪り食われるところを目にした心的外傷から、心を病んで学園を去った人間もいる。

 アイウッド王国を支える次世代の人材育成のための催しだったというのに、その人材を大勢失うという結果になってしまったのだ。


 事件から一週間。

 原因究明を図っていた臣下からもたらされたのは、今回の騒動の原因が国王の三番目の息子であるローデル・アイウッドにあるという報告だった。


「ローデル殿下に貼りつけていた宮廷魔術師の死体を回収することができました。魔物に喰い荒らされてはいましたが、幸いにも脳は無事だったようです。『中』を探ったところ、魔境の主サブノックを刺激したのはローデル殿下、背後にいる黒幕はアイガー侯爵と思われます」


「騎士団の調査の結果も報告させていただく。禁止されている『魔寄せ』の魔道具が他国から輸入された形跡があり、幾人かの仲介人は挟んでいるが……買い主はアイガー侯爵と思われる。王都にある奴の屋敷には見張りを付けておりますので、いつでも捕らえることができるでしょう」


 口々に国王に報告するのは……宮廷魔術師長官のアルバート・ローズマリー、騎士団長のイルジャス・カトレイアの二人である。

 二人は宮廷魔術師、騎士団というそれぞれの立場から調査をしていたのだが、その結果として同じ人物を探り当てた。

 こうなると、ローデルとアイガー侯爵の関与に疑いようはない。


「奴らめ……いったい、何がしたかったというのだ……?」


「「「「…………」」」」」


 国王が苦悶の表情で問うが、部屋からは重い沈黙が返ってくる。

 王宮の奥深くにある会議室。限られた者しか入室が許されないその部屋にいるのは、六人の人間である。

 王宮の主である国王、その息子である王太子リチャード、第二王子アンドリュー。アルバートとイルジャス、そして宰相であるヴェリオス・クロッカスだった。

 会議室のテーブルに着いた六人の表情は重く、まるで葬式の最中のようである。


「……父上、発言をよろしいでしょうか?」


「アンドリューか、申してみよ」


「はい」


 第二王子にして学園の生徒会長であるアンドリューが立ち上がった。


「愚弟の頭の中身については考えるだけ時間の無駄でしょう。愚者の考えることは常人にはわかりかねることですから」


「…………」


「ただ……それでもアイガー侯爵はローデルを支持しており、次期国王にしたがっています。ならば、今回の企てもその一環ではないでしょうか?」


「魔物に学生を襲わせることに何の得がある? ローデルの責任が問われて終わりではないか」


「学生だけで済ませるつもりはなかったのかも。もしかすると……サブノックが王都を襲うことを期待していた可能性があります」


「…………!」


 魔境の主サブノックは二十年前にも王都に迫っており、少なくない混乱をもたらしている。

 今回もまたあわや同じことが起こるところだった。

 弟の推測を聞いて、王太子リチャードが「フム……」と唸る。


「……サブノックに王都を襲わせて、王統派閥の弱体化を狙ったということか?」


 アイウッド王国にはいくつかの派閥があるが、主流派とされているのが『王統派閥』。国王を支持して、リチャードを次期国王としようとしている派閥である。

 この派閥が目指しているものは政権の安定。他国との関係の平穏。波風を立たせることなく、王国を守っていくことを目指していた。


 対して、アイガー侯爵が所属しているのは『革新派閥』、あるいは、『王太后派閥』とでも呼ぶべき集団である。

 これはリチャードが次期国王になることを良く思っていない。

 かつて国の支配者として大勢の信奉者を集めていた王太后の遺志を継ぎ、彼女のお気に入りであるローデルを後押ししている。


 王都を魔物に攻撃させることで、王統派閥を打倒しようと目論んだのではないか……それがアンドリューの考えである。


「もしかすると、王都が襲われたタイミングで王宮を襲う準備をしていたのかもしれません。王都内に伏兵を潜ませていて、父上や兄上を狙うつもりだったのかも……」


「……確かに、サブノックが王都に迫ったのであれば王宮も手薄になっただろうな」


 リチャードが渋面で弟の考えを肯定する。

 納得はいく。強引ではあるが筋は通っている……だが、それでも受け入れがたい考えであった。


「王都が滅ぼされるかもしれないのに、アイウッド王国が滅亡するかもしれないのに……それを利用するまでにローデルを玉座につかせたいというのか?」


 貴族たるもの、国を第一に考えるべきである。

 野心のために国を犠牲にするなど本末転倒。

 どうして、そんな飛び抜けた思考になるのか意味不明である。


「……アイガー侯爵、彼も昔はまともな人間だったのですがな」


 泥のように重いつぶやきを放ったのは、宰相であるヴェリオス。


「魔法の名家としてローズマリー侯爵家と並び立ち、暴君であった先王の退位に尽力し……混乱に付け込もうとする外部勢力や反乱分子鎮圧にも活躍した。間違いなく、国を支えていた英雄の一人のはずだったのに……」


「……王太后陛下に関わった者はことごとくおかしくなってしまったのでしょう。我らの親世代の者達のように」


 アルバートも顔をしかめながら言い、その隣でイルジャスもしきりに頷いた。


 異常なまでの人心掌握術を有した王太后に関わって、おかしくなってしまった人間は多い。

 しかし、王太后が必ずしも『悪』に分類できないのも事実である。

 暴君を廃して、今の平和を築いた立役者であるのは間違いないのだから。


「改めて思うが……私は本当に王として無能なのだな」


 国王が自虐に表情を歪める。


「息子を正すこともできず、臣下であるアイガー侯爵の暴走を許し……そして、今回の事態発生を止めることができなかった。今になって考えると、父は暴君ではあったが王としては優秀だったのかもしれない」


 暴君であった先王は邪悪で身勝手な人間だったが、王太后に骨抜きにされるまでは反逆の芽を一切許さなかった。

 人格的な問題はあったのかもしれないが、統治者としての腕前は現・国王よりも高かったのだろう。


「国王陛下が悪いとは思いません。内憂外患を抱えながら均衡を保っているのは、まぎれもなく貴方の手柄。これ以上の対処は、今の体制ではやりようがありませんので」


「……そうだと良いのだがな」


 宰相の言葉に国王は海の底のような深い溜息を吐いた。


 暴君であった先王が排除されて、中央集権が瓦解。王家が有していた権力は貴族達に分散されている。

 これにより次なる暴君が現れるのは予防できたが……代わりに、国王の意思一つでは明らかな謀反人を罰することもできなくなってしまった。

 この場にいる有力者のおかげで政権を保つことができているが……そうでなければ、アイガー侯爵への対処もさらに後手に回ったに違いない。


 できることは多くはない。

 それでも……平和のために対症療法を続けていかなければいけなかった。


「……アイガー侯爵を王宮に連れて参れ。ここまで証拠がそろっていれば遠慮はいらぬ。逆らうようならば捕らえてこい」


「ハッ!」


 イルジャスが恭しく頷いて、騎士団を動かしてアイガー侯爵を捕らえようとする。


 しかし、王都にあるアイガー侯爵家の屋敷にいたのは、彼の家族だけだった。いつの間にか、侯爵自身は姿を消していた。


 その数日後。

 王都南部に領地を有していたアイガー侯爵が挙兵して、ローデル第三王子を旗印として王家に宣戦布告をしたのである。

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