第291話 王子のお願い

 何日もかけて街道の整備を行ったことにより、ローズマリー侯爵領とクローバー伯爵領の間に物と人を流通させる道が築かれた。

 整備された道路と剥き出しの地面では、移動にかかる時間に雲泥の差がある。荷物を積んだ馬車であれば猶更である。

 地面にできた窪みやぬかるみに捉われることなく進むことができる……それだけでも移動にかかる時間とコストが大幅に削減できた。


 地面を整備すると同時に、道路の左右には堀と塀を作っておいた。もちろん、魔法を使って。

 これにより、魔物から襲撃されるリスクも大幅に削減することができた。

 空を飛ぶ魔物もいるし、盗賊が出る可能性も無くはないが、時間を決めて馬で傭った冒険者を巡回させている。

 移動中の人々が襲われたとしても大きな被害は生じないはず。


 我ながら、良い仕事ができた。

 レストはやり遂げた気持ちになって満足したのだが……残念ながら、それは悲劇の始まりだった。


「クローバー卿は領地に見事な街道を築いたそうだね。素晴らしいなあ」


「…………」


 ある日、建設途中の拠点に一人の男がやってきた。顔見知りである。

 先触れも無くやってきたのはアンドリュー・アイウッド。この国の第二王子だ。

 その後ろでは、側近であるユースゴス・ベトラスが申し訳なさそうな表情で立っている。


「俺の領地でも街道の整備をしているんだけどね? 残念ながら……君の領地ほど進んではいないんだよ。物資は限られているし、君のように魔法を使って整地をするには人材が足りない。私情で宮廷魔術師を動かしてもらうわけにもいかないからね」


「……そうですか」


「いやあ、羨ましいなあ。俺にも君のような底無しの魔力があったらなあ」


「…………」


 アンドリューがチラチラと何かを期待するように見つめてくる。

 言いたいことはわかる。

 つまり……街道の整備を手伝って欲しい、そう言っているのだ。


(本当に……都合良く使ってくれるよな、この王子は)


 気持ちはわかる。

 大勢の人材、大勢の物資を投入して行う街道の整備がたった一人でできるというのなら、コストの面でもそっちを使いたいに決まっている。


(自分で言うのも何だけど……俺、意外とこういう作業が得意だったしな……)


 自画自賛になるが、先日完成した街道はかなり出来が良い。

 元々、レストは日本人である。日本人らしい職人気質が出てしまったのか、完成した道路は横幅が一定。馬車がすれ違うことができる広さがあって、安全上の配慮もされている。


 アンドリューもそのことをわかった上で、頼みに来たのだろう。


「誰かが手伝ってくれたら、相応の謝礼を払うのだがな。親切な誰かがどこかにいないだろうか?」


「……もしも、自分がその誰かだと言っているのなら見当違いです。殿下」


「フム?」


「自分は領地の開発に忙しくて、手一杯です。他所に回せるほどの余裕はありませんよ」


「そうなのか、それは残念だな」


 アンドリューが両手を広げて、肩をすくめた。


「てっきり、拠点となる場所の魔物を討伐して、街道の整備も終わって……ここからは建設士などの専門家任せになるので、しばらく時間が空いていると思ったのだがな」


「ウグッ……」


「俺の情報が間違っていたか……だったら、謝罪しなくてはならないな。頭を下げて謝るとしようか」


 その発言はもはや脅迫である。

 王族に頭を下げさせるなど、畏れ多くて仕方がない。


「アンドリュー殿下……」


「実をいうとね……俺に与えられた領地で面白い物が見つかったんだよ。クローバー卿、『虹色晶石』というものを知っているかな?」


「虹色晶石って……あのアクセサリーに使われる……?」


「狙って見つかる物じゃない。井戸を掘っていたら、たまたま鉱脈を発見することができたんだ。奇跡だよ」


 非常に高価で採掘量が限られている鉱石の名前だ。

 山や川などの地形を問わず、魔力が豊富な土地で採掘されるとのこと。

 名前の通り、七色に輝くその宝石はアクセサリーとして非常に人気であり、恋人や妻に贈る最高のプレゼントであるとされていた。


「クローバー卿は恋人も多いし、いずれは結婚するんだろう? そろそろ、婚約指輪や結婚指輪も気になっているんじゃないか?」


「…………」


「王都の宝石商に依頼を出したとしても、小指の先ほどのサイズで王都に屋敷が構えられるほど。おまけにいつ入荷できるかもわからずに十年先まで予約待ち。俺も愛しい人に贈ろうとして……まあ、それは良い」


 アンドリューが悪巧みをするようにニヤリと笑う。


「もしも手伝ってくれるのなら、君に優先的に回しても良い。もちろん、君の四人の婚約者全員にプレゼントするのに十分な量をね」


「…………」


 虹色晶石。

 あの大貴族でも滅多にお目にかかれない宝石を指輪にでもしてプレゼントしたら、彼女達はどんな顔をするだろう。

 喜んでくれるのは間違いない。それは断言することができる。


「……わかりましたよ。引き受けましょう」


 レストは溜息混じりに言って、肩を落とす。


「恩に着る、クローバー卿」


「だけど……良いんですか? 街道整備にかかる金よりも、虹色晶石を売った金の方が高いと思いますよ?」


「それは別に良い。大切なのは金ばかりじゃないからな」


 アンドリューが笑みを浮かべたまま、遠い目をしてつぶやいた。


「仕事ばかりが溜まっていて、時間が無くて仕方がないんだ。おかげで、愛する人との逢引きもできやしない。クローバー卿が手伝ってくれて余裕ができるのなら、安いものじゃないか」


「…………」


 アンドリューには婚約者はいなかったはずだが、やはり秘めたる恋人でもいるのだろうか。


(身分違いの恋ってところか……まあ、詮索はしないけどな)


 何日か仕事に駆り出されることがになるが……それで婚約者の笑顔が見られるのなら、それこそ安いものである。

 レストはやれやれと首を振りながら、他所の領地の街道整備に従事することになったのだった。

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