第292話 王子のお願い・改
『虹色晶石』に釣られたレストは、求められるがままにアンドリューの領地にも街道整備をすることにした。
幸い、この作業はもう慣れたものである。
婚約者に素敵なプレゼントを入手して、おまけに第二王子にして未来の公爵に貸しを作れるのだ。面倒ではあっても、それほど分が悪い取引ではないと思っていた。
しかし……無事に街道整備が終わって、『虹色晶石』をもらう段階になって、自分が謀られたことを痛感することになる。
「ここが虹色晶石が発見された坑道だ。好きなだけ、持って行って構わない」
「坑道って……いや、魔物がいるんですが?」
アンドリューに案内を受けたのは、幅五メートルほどの穴である。
元々は井戸を作るために穴を掘っていて、たまたま虹色晶石が発見されたとのことだが……穴から下を覗くと、ウゾウゾと蠢くそれを目にしてしまう。
「ムカデ……ですよね?」
穴の下にいたのは、大きなムカデの魔物だった。
大きさは三メートルほど。ワニほどの大きさのムカデが何十匹も穴の底で身体をのたうたせているのが見える。
人間よりも大きな怪物が密集している光景は、生理的嫌悪だけでなく命の危機まで感じさせるものだった。
(もしも、この穴に落ちたら……考えるのも恐ろしいな……)
「どういうことです? 説明してもらえますか?」
半眼で睨みつけると、アンドリューが困ったように笑いながら両手を広げた。
「事前に説明していた通り、井戸を掘るための穴から虹色晶石が発見されてね? それでさらに深くまで掘らせていたんだけど……どうやら、魔物の巣を掘り当ててしまったらしい。ムカデの魔物が大量に溢れ出してきて、参っているんだよ」
「…………」
「幸い、彼らは光が苦手みたいだ。積極的に外に出てくることはない。掘削作業を行っていた労働者が襲われて怪我をしたが、死人は出ていない。光が無い夜のうちは金属の蓋をしておけば平気だからね」
「まさかとは思いますけど……これも俺に倒せとか言わないですよね?」
「もちろん、そんなことは言っていないとも。これらは冒険者を雇って処理させるとしよう」
アンドリューが笑みを浮かべたまま、平然として言う。
「ただ……ムカデがどれくらいいるかわからないし、いつまでも暴れさせておいたら虹色晶石が砕けたりしてしまうかもしれないな。価値が落ちてしまうし、とても困ったものだよ」
「…………」
「いや、誰か優秀な魔術師が早急に対処してくれると助かるんだけど……どこかに優秀で親切な魔術師がいないものだろうか?」
何が言いたいのか、如実に伝わってくる。
身分とか立場とか気にすることなく、一発殴ってやろうかと思うほどだ。
「もしもどうにかしてくれるのなら、ここから採掘される虹色晶石を取り放題なんだけどね。好きなだけ持っていってもらって構わないんだけどな」
「ム……」
レストが口に出かけていた文句の言葉を噛む。
腹が立つのは事実であったが、虹色晶石を取り放題というのは美味しい。
虹色晶石は採掘量が限られており、金を積んだとしても簡単に手に入るものではないのだから。
(都合よく使われているとは思うけど……トータルで考えると、こっちが得をしているんだよな……)
街道整備も魔物退治も……正直なところ、レストにとってそれほど苦でもない作業である。手間と時間はかかるが、大きな負担というほどではない。
(そのあたりの塩梅が妙に上手いんだよな……無理な要求であれば跳ね除けられるのに、受け入れても良いギリギリのラインを攻めてくる……)
これが為政者の才能なのだろうか。
ローデルの兄とは思えない、人の使い方が上手いことである。
「……良いですよ。わかりました」
レストは大きく溜息を吐いてから、了承の返事をした。
「ただし、十分な量の虹色晶石が出てこなかったら本気で怒りますよ?」
「その時は、誓って別口で虹色晶石を仕入れてこよう。それで俺の懐がどれだけ痛もうと。王家の名に誓っても構わない」
「……そこまでいうのなら、大丈夫そうですね」
レストは眉間にシワを寄せて、妙に納得のいかない気持ちになりながらも、ムカデ退治を引き受けたのであった。
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