第290話 石壁
次の日から、さっそく町の建設のための準備に着手した。
ローズマリー侯爵から測量士や建築士を招いて、町の設計図を描いてもらった。
ヴィオラやプリムラ、ユーリ、そしてレストの希望を事前に伝えておいて、それを元に専門家の目線で町のデザインを構築してもらう。
主要な施設をどこに設置するか、用水路や下水道をどのように通すか、魔物対策はどうするか、ゴミや排せつ物の処理をどうするか……餅は餅屋というべきか、やはり専門家はそのあたりの知識が豊富であり、レスト達の意見を上手くまとめながら現実的な案を出してくれた。
土地の測量には時間がかかるため、実際に建設に着手するにはまだ時間がかかるが……それまでにも、レストにはやらなくてはいけないことが山積みだった。
「【
レストが魔法を発動させ、眼前に石の壁を出現させた。そのまま壁を倒して地面に寝かせる。
「これで一キロくらいか……まだまだ、先は長いな」
レストは額の汗を拭い、大きな溜息を吐いた。
レストがやっているのは街道の整備である。
ローズマリー侯爵領から自分の領地となる場所まで、石壁を並べて倒して、道路を作っているところだ。
石で舗装された道路を作るメリットは大きい。土の地面では雨などの影響を受けやすく、窪みや水溜りによって馬車が通りづらくなる時があるからだ。
あらかじめ石で舗装することにより、スムーズに人や物が行き来できるようになる。
(俺が治める領地は、お隣さんであるローズマリー侯爵家に依存することになる。街道の整備は必須だからな……これは必要なことだ。うん)
「【土壁】」
自分に言い聞かせながら、レストは魔法を使って地面を舗装していった。
魔法による地面の舗装自体はそこまで珍しいことではない。普通に行われていることだった。
しかし、本来は何十人の魔術師が協力して実施すること。一人でできるような軽い作業ではない。
レストが無限の魔力を持っているからこそ、できる芸当である。
(魔力は全然平気だけど……それでも、やっぱり同じ魔法を使い続けるのは疲れるな。精神的に)
単純作業の繰り返し。まるで延々と内職をしている気分だ。
無限の魔力があるので決して過酷ではないのだが、何時間も続けていると心が擦り減ってくる。
「レスト、休憩するか? 食事を作ってきたぞ!」
唯一の救いといえば、ユーリが一緒に来てくれていることだった。
ユーリは何もない平原を舗装しているレストのために、水や料理を持ってきてくれている。
ちなみに……この場にはヴィオラやプリムラはいない。二人は他の仕事をしてくれており、事務作業の役に立たないユーリだけがここにいて、レストをサポートしているのだ。
「さっき、そこで美味しそうな鳥が飛んでいたんだ。串焼きにしたから食べてくれ!」
「鳥か……ちゃんと食べられる物で良かったよ……」
ユーリは良く言えばグルメ、悪く言えば悪食だ。
虫だろうが魔物だろうが、「美味しそう」だと判断したら何だって食べる。全くの悪気も無く他人にも食べさせる。
その被害をわりと喰らっているレストとしては、ユーリがどんな料理を持ってくるか気が気ではなかった。
「ありがとう、助かるよ」
レストは魔法を使うのを止めることなく、水を受け取って飲み、串焼きを受け取って齧った。
周りでは二人以外にも、複数の人間が作業をしている。
レストが生み出した石壁同士の隙間を埋めて繋げたり、微妙な位置や向きを調整したりしている作業員がいた。
ユーリはそんな労働者のみんなにも食べ物を配っている。
「はい、みんなー。ご飯だぞー」
「ありがとうございます、奥様」
「若奥さん、ありがとう!」
「ご夫人、いつも助かるぜ」
ユーリから料理を受けとり、作業員が笑顔で礼を言っている。
天真爛漫。侯爵令嬢という地位にありながら、少しも威張ることのないユーリは彼らの人気者だった。
『奥様』呼ばわりに「ニヘヘー」とだらしない笑みを浮かべているユーリに、誰もが微笑ましそうな顔になっていた。
「……何だかんだで、結構人望があるんだよな」
体育会系の部活のマネージャーに近い感覚だ。
貴族令嬢っぽくはないものの、人の上に立つ適正は十分にある。
セレスティーヌのように貴族らしい仕事はできずとも、ユーリにはユーリなりの活躍できる場所がありそうだ。
「これからも、頼りにさせてもらおうかな……それはともかくとして、仕事だ仕事……」
レストは串焼きの鶏肉を噛みちぎって、石の壁を生み出す単純作業を続けた。
後日、自分が食べた鳥がやはり魔物であり、鳥の胴体にカエルの頭を持った異形であることを知るのだが……それはまた別の話である。
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