第98話 とことん救助します


 レストがダニーラ達を置き去りにして救難信号が上がった地点に到着すると、魔法科の上級生と思われる三人組の男女が黒い体毛の角熊に襲われていた。

 レストは仲間の到着を待つことなく、すぐさま救助活動に入る。角熊に向けて攻撃魔法を放った。


「【風刃】」


「ギャウッ!」


 風の刃によって熊の顔面を斬り裂いた。

 しかし、ダメージは少ない。固い毛皮によって阻まれてしまったようだ。

 しかし、女子生徒を襲っていた角熊がレストの方に意識を向けてくる。赤く輝く瞳で睨みつけてきた。


「来い」


「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 人語を理解したわけではないだろうが……角熊がレストめがけて襲いかかってくる。

 その角熊はかなり強い部類の魔物だった。少なくとも、卒業前の生徒が相手にするようなものではない。


(よほど運が悪くて強い魔物と遭遇してしまったのか、それとも、今年は例年以上に強力な魔物が増えているのか……)


 教員だって事前に調査しているだろうし、おそらく前者だろう。

 レストは考えても仕方がないことを頭の端にどけて、戦闘に集中する。


「ガアッ!」


「【超加速】」


 振り下ろされた爪による攻撃を高速移動によって回避した。

 角熊の背後に回り込み……カウンターの一撃を叩きこむ。


(コイツは下級魔法で倒せるような魔物じゃない。倒せるとすると上級魔法か、もしくは……)


「【風刃】」


 放った魔法は先ほどと同じ【風刃】である。

 しかし、【増幅】、【圧縮】、【加速】の三つの魔法を重ね掛けした四重奏。

 上級魔法と同等以上にまで強化された風の刃が、ほぼゼロ距離から角熊の首をね飛ばした。


「うん、いいね。これなら殺れるか」


「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 角熊を倒したレストであったが……近くの林から別の角熊が姿を現して、レストの背中に噛みつこうとする。


「危ない!」


 救助対象である女子生徒が叫んだ。

 しかし……レストは慌てない。慌てるほどの時間ではない。


「知ってたよ」


「ギャンッ!?」


 襲いかかろうとしていた角熊の身体がガクリと落ちる。

 地面に開いた一メートルほどの穴に足の一本が嵌まり、体勢を崩してしまう。

 その落とし穴はレストが【土操アースコントロール】という魔法で作っておいたものである。

 常に【気配察知】の魔法を発動させているレストに奇襲は通用しなかった。


「【火球】」


 同じく、四重奏で強化した魔法を二匹目の角熊の頭部に叩きつける。

 角熊の首から上が爆ぜて、そのまま消し飛ばされた。


「まあ、こんなものかな」


 魔物の気配が消えた。戦闘終了である。

 レストは少し離れた場所にいる三人の魔法科生徒に向き直った。


「皆さん、大丈夫ですか?」


「え、ええ……貴方は?」


「執行部のレストです。救難信号を見て、助けに来ました」


 レストが自己紹介をすると、三人は顔を見合わせて驚きを示す。


「えっと……貴方、一年生よね? 一人であの魔物を倒してしまうなんて……」


「や、やっぱり、執行部に入る生徒は一年生でもすごいんだな……僕達は三人でも倒せなかったのに……」


 三人はやや落ち込んだ様子だった。

 レストは「それほどでも……」と軽く恐縮しておいてから、三人に治癒魔法をかける。

 三人ともいくつか傷を負っていたが、どれもレストに対処可能な程度の怪我だった。


「それよりも……どうして、あの魔物に襲われたんですか? あんな魔物、平原の入口付近にはいないはずですけど……」


 サブノック平原は『魔境』と呼ばれる魔物の生息地帯である。

 平原の中心にいくほどに強力な魔物が棲んでいて、反対に平原の外縁部分には弱い魔物しかいない。

 先ほどの角熊は本来であれば中心付近にいるような強力な魔物だった。


「わからない……私達もそこまで強い魔物と戦うつもりはなかったんだが、急に出てきたんだ」


「死ぬかと思った……本当にありがとう……」


「どういたしまして。それじゃあ、こっちはもう一カ所に……」


「レスト、この野郎……!」


 そこでようやく、ダニーラが到着した。

 少し遅れて、もう一人の仲間……トーマスも。


「は、速いぞ、お前……置いてくんじゃねえよ……」


「お前が競争とか言い出したんだろうが……それよりも、さっさとユグルート先輩と合流……」


 言いかけて、レストが言葉を止める。

 空に救難信号が上がったのだ。

 空に描かれた煙の線は一本ではない。二本、三本と立て続けに。


「おい、救難信号が……!」


「どんどん上がっていくぞ!? 平原の奥からだ!」


 ダニーラとトーマスが驚きの声を上げる。

 レストも空を見上げたまま、怪訝に眉根を寄せた。


「明らかに普通じゃない。何が起こっているんだ……?」


 いかに魔猟祭が自己責任の危険なイベントだろうが……これは異常事態である。


「ダニーラ、トーマス。二人とも、この三人に付き添って平原の入口まで戻っていてくれ」


「おい、お前は……」


「俺はユグルート先輩と合流して、指示を仰ぐ……駆けっこで負けたんだから、文句を言わずに指示通りにしろよ」


 不満そうな顔をしたダニーラに釘を刺しておいて、レストが魔法で身体能力を強化させて走り出した。

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