第99話 馬鹿王子は突き進む
時間をわずかに遡り、魔猟祭が開催されてから二時間時点。
あちこちで王立学園の生徒が魔物との戦いを繰り広げる中、誰よりもサブノック平原の奥地に踏み込んでいる男がいた。
「フン……雑魚が。王者の前に立つな」
「ギャウウウウウ……ッ!」
その男……ローデル・アイウッドが放った魔法により、魔物の胸に風穴が開く。
胸部を貫かれて倒れたのは、頭部から角を生やした黒い熊の魔物である。
それなりに強い魔物であったが……ローデルの上級魔法により、一撃で絶命していた。
ローデルの背後には二人の従者がいて、戦いを見守っている。
いつもの取り巻きの二人が、無傷で圧勝した主人に拍手を送った。
「お見事です、ローデル殿下」
「さすがはローデル殿下! 大型の魔物が一撃じゃないですか!」
パチパチと手を叩いて叫んだのは、大小の取り巻きの内の小男である。
あからさまなほどの媚び。太鼓持ちの称賛を受けて、ローデルが「フフンッ!」と鼻を鳴らす。
「当たり前だ。この程度の魔物に私が負けるわけがないだろうが」
アイウッド王国第二王子ローデル・アイウッド。
その男は魔猟祭が始まって早々に平原に踏み入り、じきに深部に達するというところまで到達していた。
他の生徒を置き去りにする驚異的なスピードである。
「それにしても……本当に良かったのですか、殿下」
同じく、ローデルの取り巻きである大男が訊ねた。
ローデルが怪訝な顔をして振り返る。
「何の話だ?」
「このようなくだらぬ児戯に参加せずとも宜しかったのでは? 殿下ほどの御方が下賤と競い合うようなことをする必要はないでしょう」
それは心からの賛美だった。
大多数の人間から身勝手な厄介者とみなされているローデルであったが……取り巻き二人を含めて、一部の者達からは熱狂的な支持を集めていた。
それは今は亡き王太后の威光もあったが……ローデルが類まれな魔法の才能の持ち主であることにも起因する。
ローデルは天才だった。少なくとも、魔法使いとしては。
魔力量も多く、出力も高い。
学生でありながら上級魔法をいくつも修得しており、本来であれば次世代を担う人材の筆頭として、期待を一心に受けていたほどの人間である。
たった二時間で平原の深部近くに到達したのも、決して偶然ではない。
ローデルが有する圧倒的な才能がなせることである。
粗暴で周囲を省みない性格もまた、ごく一部の人間には好評だった。
ルールや常識にとらわれない粗暴な人間に憧れる者はいる。
歴史上の偉人を挙げるとすれば……ナポレオン・ボナパルトやジュリアス・カエサル、あるいは織田信長。
親や上司の意見をはねのけ、伝統を踏みにじって新しい世界を創造する。そういった人間は一部の若者には変にウケルのだ。
この取り巻き二人がそうだった。
国王の意見にすら耳を貸さず、我が道を邁進するローデルの横暴さに憧憬と頼もしさを覚え、こうして付き従っているのである。
「フンッ、知れたことだ」
「知れたこと……で、ございますか?」
「先日、教室で楯突いてきた男といい、この私を停学処分にした教師共といい……真に敬うべきものをわかっていない不心得者が多すぎる」
ローデルが右手を頭上に掲げ、天を指さす。
「誰が高みに立つべき者であるか……凡夫共にも理解させてやらなければなるまい。王になるべき者は先に生まれただけの長兄か、それとも魔法の才を持たぬ次兄か。違うだろう?」
ローデルは世界の真理を説くかのように、傲然として言い放つ。
「この私、ローデル・アイウッドこそが天に立つ。そのことを目に見えた結果で示してやろう」
今回の魔猟祭で結果を出す。
優勝では足りない。圧倒的な勝利を。
どんな見る目のない凡人にでも理解できるよう、目に見えた結果をもってして知らしめる。
そのために、ローデルはあえて今回のイベントに参加したのである。
「お前達はこの私に付いてくれば良い。俺が王座まで上り詰めるところを見せてやる」
「殿下……!」
「おお……!」
大言壮語をぶちまけるローデルに、二人の取り巻きが息を呑む。
第一王子が王太子として次期国王になることが確実といわれている中、こんなことを堂々と言ってのけられる人物はローデル・アイウッド以外にはいないだろう。
ローデルはある意味では王の才能がある。
理想を掲げ、成功の未来を信じて荒れ地を突き進む意志があった。
だが……忘れてはいけない。
いかに粗暴な無頼漢であっても、己が王であると信じていても……才能があるだけで成功できるとは限らない。
成功して新しい世界を生み出すためには、知恵と幸運も必要である。
ローデル・アイウッドという男にそれがあるかと聞かれると疑問だった。
「よし、ゆくぞ。こんなクマでは足りぬ。もっと大物をしとめてくれる!」
「ハッ……殿下、こちらの獲物は……」
「捨てておけ。興味がない」
ローデルは驀進する。
己の道を突き進む。ひたすらに歩み続ける。
自分が歩いている道が続く先が栄光ではなく、破滅につながっていることを知らぬまま。
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