第243話 村人の陳情
閑散とした漁村を歩いていくレストとセレスティーヌ。
貴族である二人には村人から多くの視線が突き刺さるが、事前に話を通していたのか話しかけてくる人間はいない。
「あ、あのっ!」
「ん?」
しかし……そんな中で、二人に駆け寄ってくる人間がいた。
それはおそらく、小学生に上がるかどうかという年齢の少女だった。
「た、たすけてっ……きぞくさま、たすけてくださいっ!」
「うん? この子は……?」
「セレスティーヌ様に近づくな!」
近寄ってきた少女に、少し離れてついてきていたセレスティーヌの護衛が声を上げる。
女性の護衛は素早く駆けよってきて、子供とセレスティーヌの間に割って入った。
「無礼者! 離れないか!」
「申し訳ございません! どうかお許しを……!」
怒鳴りつける女性の護衛に、少女の母親らしき女性が慌てて走ってくる。
「き、貴族様に何という無礼を……どうか、どうかお許しを……!」
「ふえ……」
母親が娘の頭を押さえつけて下げさせて、平身低頭する。
「なにとぞ、なにとぞ、命だけはお許しを……!」
平民にとって、貴族とは時に恐怖の対象である。
横暴な貴族にはちょっとしたことで平民を手打ちする者もいた。
(実際、ローデルやその取り巻きだったら、容赦なく斬っていたんだろうな……)
「子供のしたことです。エリーナ、控えなさい」
「ハッ……」
セレスティーヌが落ち着いた声で言うと、護衛の女性が下がる。
しかし、その瞳は油断なく母子や周囲に向けられていた。
「私は気にしていませんので頭を上げなさい」
「あ、ありがとうございます……貴族様……」
母親が安堵しながらも、なかなか頭を上げることはなかった。
いくら寛大な対応をしようとも……やはり、貴族は貴族。平民は平民ということなのだろう。
「それよりも……その子供が言っていた、助けてというのはどういう意味ですか?」
「え、えっと……それは……」
「おとうさん、ケガしちゃった……たすけてよう……」
少女が泣きながら言う。
母親が再び叱りつけようとするが……セレスティーヌがそれを抑える。
「話を聞かせてください。レストさんは……」
「俺も聞きたいな。ただ事ではなさそうだが?」
二人が促すと……母親が困ったように眉をへの字にして説明を始める。
「実は……最近、この辺りの海に魔物が出るようになりまして。漁師をしていた夫……この子の父親が襲われて、怪我をしてしまったのです……」
「怪我……そんなに酷いのですか?」
「いえいえ、一ヵ月もあれば治る程度の怪我ですよ」
女性が手を横に振った。
「ただし、その間は働けなくなってしまうので、収入的には厳しくなりますが……申し訳ございません! 余計なことを申しました!」
「構いませんよ」
「それよりも……その魔物はどんな奴なんだ?」
レストが横から口を挟むと、母親は少しだけ思案して答える。
「おそらく……鮫か海蛇のような魔物だと思います。海中にいてハッキリと見た者はいないのですが……」
「おとうさんのふね、ひっくりかえっちゃった……」
「大人の話に口を挟まないの……大きな魔物が船をひっくり返したり、漁師を海に引きずり込むようになっているんです。幸い、死人は出ていないんですけど……漁獲量が減ってしまい、今年の年貢が払えるかわからないんです……」
母親が困ったように子供の頭を撫でる。
魚が採れなくなれば収入が減る。収入が減れば、税金が支払えなくなる。場合によっては、食っていけなくなって餓死することになる。
たとえ魔物による被害で死人が出なくても、大打撃には変わりない。
「領主に頼んで、税を免除してもらえたりしないのか?」
レストが訊ねると……女性が首を横に振った。
「元々、この村は領主様からかなり優遇されているんです。かつて贔屓にしてくださったショーコ様のおかげで」
サナダ・ショーコ……王太后のことである。
彼女は生前、頻繁にこの村を訪れていたそうだ。
「ただでさえ優遇しているのだから、これ以上は許さないと領主様が仰っておりまして……こんな時、ショーコ様がいたら相談に乗ってくださるんですけど……」
「……もう、亡くなっているわけか」
レストは考え込む。
レストはこの近辺の土地を相続したわけだが、あくまでも大地主という立場であって、領主は別にいる。
正当な権利に基づいた課税であるのならば、口を挟める立場ではなかった。
(だけど……翔子の愛した土地の人達が困っているのを見捨てるのも、気が引けるな……)
真田翔子とは一度会ったきりであり、友人かと聞かれても首を傾げる相手である。
しかし……この世界に来て、まともに話した初めての日本人だ。
翔子の置かれていた境遇に対しても、多少は思うところがあった。
「俺で良かったらだけど……魔物退治を手伝おうか? 心配せずとも、得意分野だ」
だから……レストの口からは自然とそんな言葉が出ていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます