第242話 ぎょ、漁村だけどデートじゃね?

「おはようございます、レストさん」


「お、おおう……」


 翌朝、朝食を摂ったレストは再びセレスティーヌと顔を合わせることになった。

 昨晩のことを思い出して赤面するレストであったが……セレスティーヌは特に照れた様子もなく、平然としている。


「今日は何かご予定があるんですか?」


「え、えっと……観光とか、しようかなあ?」


 田舎の漁村であったが……王太后が終の棲家に選んだ場所を見て回りたかった。

 美味しい魚介類もあるだろうし、これまで仕事漬けだったのだから、もうしばらく滞在していくのも悪くない。


「でしたら、私も御一緒させていただきますね?」


「あ、はい。お願いします?」


 レストが疑問形で答える。

 明らかに挙動不審になっていたが……セレスティーヌは微笑ましそうである。

 異性との交遊関係はレストの方が確実に多いだろうに、セレスティーヌの方が年上のような落ち着きぶりと余裕を持っていた。


「それでは、参りましょうか」


「……はい」


 レストとセレスティーヌは二人で温泉宿を出て、漁村の中を見て回った。

 二人でとはいったものの……実際にはセレスティーヌのお付きが、少し離れた場所から見守っている。

 微妙に気まずい空気になりながら、レストは漁村の中を歩いていく。


「やはり、魚が多いですね」


「特産品みたいだな。船の数も多いみたいだ」


 沖には何艘も船が出ており、漁師達が活気のある声を上げていた。

 村のあちこちに魚や海藻が干してあり、干物などを作っているようだった。


「魚はともかくとして……あの黒い葉のようなものは何に使うのでしょう?」


 干してあるワカメを見て、セレスティーヌが不思議そうに首を傾げる。

 日本人の感覚としては珍しくもない光景なのだが、セレスティーヌにとっては見慣れない物のようだ。


「アレは食べ物……ではありませんよね? 繊維や香料にでもするのでしょうか?」


「昆布だからね。出汁に使うんじゃないかな?」


「出汁……スープの具材ですか?」


「ああ、今朝の食事にも出ていただろう? スープに海藻から取った出汁が入っていたはずだ」


 この国には、残念ながら味噌汁という料理はない。

 それでも、この村では海藻から出汁をとる調理法は普通に使われているようだ。


「独特の味付けだと思っていましたが……なるほど、あの草から取った味なのですね」


 レストの説明を聞いて、セレスティーヌが興味深そうな顔をする。


「干しているのは保存のためでしょうか……アレならば、王都まで輸送することもできそうですね。もっと大規模に生産して販路を整えれば……」


 セレスティーヌがブツブツと昆布を普及させるための方法を思案する。

 彼女に任せておけば、昆布が王都でも普通に手に入るようになるかもしれない。


(その調子で、味噌や醤油とかも開発して欲しいものだな……転生者がそれなりにいるんだったら、誰かが作ってないのかな?)


 レストは味噌も醤油も作る知識は持っていないが……七十八人も転生者がいるのなら、知っている人間の一人くらいいないのだろうか?


(転生者がみんな日本人とも限らないし、やっぱり難しいのかな……)


「どうかされましたか、レストさん」


「いや……何も」


 顔を覗き込んでくるセレスティーヌに、レストが悲しそうな顔で首を振った。


「あそこで売っている魚の干物も焼いたら美味いよ。川魚とは違う味わいだ」


「干物でしたら食べたことがありますわ。むしろ、生の魚が食卓に出てきたことに驚きました」


「ああ、お刺身ね……やっぱり、珍しいよな……」


「氷の魔法を使えば、腐らせることなく他の地域にも輸送できそうですけど……コストが高くつきそうですね」


 レストとセレスティーヌはそんなとりとめのない話をしながら、漁村を歩いていった。

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