第241話 悶々とした夜
宿屋で悶々とした夜を明かしたレストであったが……色々とあったせいで、その日は悶々とした夜を過ごすことになってしまった。
入浴後は客室に戻って、特にやることもなかったのでベッドで消灯をする。
もしかしたら、セレスティーヌが訊ねてくるのではないかと考えていたが……誰かが訊ねてくるということもなく、さほど間を置くことなく就寝した。
(セレスティーヌ嬢……いったい、どういうつもりだったんだ……)
暗闇の中、ベッドで考え込むレストであったが……おそらく、セレスティーヌの言葉には裏などはないのだろう。
セレスティーヌは生粋の貴族令嬢ではあるものの、それ以上に誠実な女性だ。
結婚という重要な話について、噓偽りや誤魔化しをすることはないはず。
(つまり、本当に前向きに俺との結婚を考えてくれているってことで良いんだよな……そして、ヴィオラやプリムラの合意も得てくれている……マジで?)
改めてというか、今さらというか……どうやら、自分は本当に貴族になってしまったらしい。
ローズマリー姉妹と婚約して、重婚関係になりつつあるところを本当に今さらではあるものの、まさか政略結婚をすることになろうとは、偉くなってしまったものである。
(改めて、本当に異世界だ……カルチャーショックがすごいな……)
色々と悩まされているレストであったが……正直な話、喜びの方が大きかったりする。
前世では学費のためにアルバイトに励んでおり、家族的には色々と問題があって……女の子と付き合う余裕なんてなかった。
それなのに……異世界に転生して、紆余曲折は経たものの、貴族になった。
ヴィオラやプリムラという可愛い婚約者ができて、おまけにセレスティーヌという完璧な淑女まで自分と結婚したいと申し出てくれている。
幸せ過ぎて、これが自分の妄想の夢なんじゃないかと疑わしくなってしまう。
(異世界に召喚されて良かった……いや、本当に。日本にいた頃よりも絶対に幸せになっているよな……)
しみじみと思うレストであったが……ふと、そこで昼間に話した
(俺は異世界で幸せになった……だけど、翔子は、王太后は違ったんだよな……)
王太后であるフレデリカ・アイウッド……真田翔子は幻の世界に自分の故郷を思い描くほど、元の世界に恋い焦がれていた。
この世界で家族や婚約者を喪ったそうだし、異世界転生してしまった運命を呪っていたに違いない。
(だから、何か変な中二病集団の誘惑に乗ってしまった……この世界を滅ぼそうとしている、ええっと……『タクフィール・カーヘン』だったかな?)
タクフィール・カーヘン。
賢人議会とは別の、もう一つの転生者の組織。
真田翔子曰く……この世界に転生する原因になった神を憎んでおり、復讐のためにこの世界を滅ぼそうとしている悪の秘密結社。
(彼らはよほど元の世界に未練があったのか、もしくはこの世界を恨む理由があったんだろうな……)
彼らは異世界転生に失敗してしまった者達なのだろう。
マンガやライトノベルの世界では、異世界に転生した主人公が人生をやり直して謳歌するものが多い。
だが……現実はそう簡単にはいかないらしい。
異世界に転生して主人公になれなかった人間、レストのように成功と幸福を手にすることができなかった人間もいるようだ。
タクフィール・カーヘンというのは、あるいはそういった失敗者達の集まりなのかもしれない。
(実際、俺だってヴィオラやプリムラと出会えなければ、家族を恨んで終わりだったかもしれないな……)
ヴィオラやプリムラと出会えなければ。二人が自分を好きになってくれなければ。
良い母親の下に生まれなければ、尊敬できる司祭と出会えなければ。
些細なボタンの掛け違いから、レストも世界を憎むようになっていた可能性は十分にあった。
(そういえば……賢人議会のガスコインが忠告してきたのも、俺がそいつらの仲間にならないようにするためか……?)
タクフィール・カーヘンが世界を滅ぼそうとしているのであれば、この世界で大切な誰かができたレストとは敵対することになるだろう。
もしかすると、いずれ敵として相まみえることになるかもしれない。
「ふぁ……」
考え事をしているうちに、睡魔が襲ってきた。
レストは抗うことなく思考を中断させ、意識を夢の中に手放したのである。
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