第240話 温泉と公爵令嬢と月
「何と言いますか……可愛らしい人ですね。レストさんは」
婚約についての話し合いが終わって、セレスティーヌはゆっくりと溜息を吐いた。
場所は先ほどと同じく露天風呂の中である。
レストは顔を真っ赤にして湯から出ていってしまい、今頃をは服を着て部屋に戻っていることだろう。
(単独で戦場を変えるほどの力があり、美少女を二人……いえ、もしかすると三人以上も周りに侍らせているのに、あの純情さ。ヴィオラさん達が彼を愛している気持ちがわかる気がします)
「ああ……もう、これは必要ありませんね」
セレスティーヌが身体を覆っていたタオルを外した。
胸は膨らみ、腰はキュッと細いワガママボディ。きめ細やかに手入れをされた至高の肉体が、夜空の下にさらされる。
(レストさん……私の身体、ずっと見ていましたね……)
セレスティーヌが苦笑しながら、濡れたタオルを畳んで湯船の横に置いた。
女性というのは、意外なほどに男性の目線に敏感だ。
レストが見ないようにしながらも、チラチラとセレスティーヌの身体に目を向けていたことはちゃんとわかっていた。
(もしもローデル殿下だったら、遠慮のない不躾な目を向けてきていたでしょう。いえ……そもそも、彼の前でこんな格好になったら、私の貞操はもうないでしょうね)
女性に興味があるのに素知らぬ顔を必死に装っているレストは、セレスティーヌの目にはとても可愛らしく見えた。
性格だって悪くない。ヴィオラとプリムラ、ユーリ達が慕うだけあって、夫とするのに不満はなかった。
(レストさんに婚姻を拒まれたら後が無いですし、どうしても受け入れてもらわなくては……)
ローデルが反乱を起こして、処断されたことにより……セレスティーヌは婚約者がいない状態となっている。
公爵令嬢、王家の血を引いているセレスティーヌは生半可な相手には嫁げない。
最低でも伯爵以上の貴族。あるいは他国の王族でなければいけない。
(王太子殿下はすでに結婚されています。まだ公表はされていませんが、遠からず御子も産まれるでしょうし……側妃を娶ったら政治的に混乱させてしまうだけ。アンドリュー殿下は明らかにその気はないようですから、王家には嫁げない)
そして……国内の伯爵以上の男性にはほとんど相手がいる。
クロッカス公爵家が求めれば、首を横に振ることはないだろうが……すでに結ばれている婚約を壊してしまうことになる。
ましてや、他国に嫁ぐのは真っ平御免。隣国であるガイゼル帝国に嫁入りすれば、外交上の勝ちはあるだろうが……現在の情勢では人質同然。死にに行くにも等しいことだった。
(つまり……私としても、レストさんと結婚するのがもっとも良いのでしょうね……)
セレスティーヌは結婚に理想を求めてはいない。
それでも……出来ることなら、ローデルと真逆の人間……傲慢さを持たず、思いやりのある男性と結婚したいと思っていた。
レストは理想とまでは言わないまでも、条件に合っている。
むしろ、これからセレスティーヌ以上に苦労することになるであろうレストならば、悩みを分かち合えるだろうと思っていた。
「たぶん、断られることはないでしょうけど……流石に、これ以上の追撃は止めた方が良いですよね?」
セレスティーヌが自分の乳房をフニフニと指で押す。
もしも、温泉での感触が空振りだったら、最終手段として夜這いも辞さないつもりだった。
しかし……先ほどの様子を見る限り、レストの方から求婚を拒むことはあるまい。
「横入りをしてしまうのもヴィオラさんとプリムラさんに悪いですし、今日のところは大人しくしておきましょうか」
その判断はレストにとって幸運だったのか、それとも不幸だったのか。
答えは夜空から温泉を見下ろしている月のみぞ知ることだった。
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