第244話 海の魔物
「レストさん? そんなことを言って良いのですか?」
魔物退治を切り出したレストに、セレスティーヌが少しだけ驚いた顔になる。
「レストさんは地主ではあっても、領主ではありません。そのようなことをなさる義務はありませんが……?」
「うーん……まあ、別に良いかなと思ってね」
レストが軽く頭を掻きながら、肩をすくめる。
「話を聞く限り、領主が村のために動くこともなさそうだし……見て見ぬふりをするのも、気が引けるからね。温泉がゆっくりと楽しめない」
レストはもう二、三日はこの村に滞在して、温泉を楽しもうと思っていた。
そんな中で、困っている村人を……泣いている子供を見捨ててしまったら、気になって温泉を堪能できないではないか。
「それに……あの魚料理が食べられなくなるのもね。刺身、美味しかったから」
魚が獲れなくなってしまうのは困る。
美味しい刺身が食べられなくなってしまうではないか。
(別に情に流されたわけじゃなくて、単純に俺が食べたいだけなんだからね。翔子のためなんかじゃないんだからね)
いったい、誰に言い訳をしているのか自分でもわからないが……レストはそんなことを頭の中で言っておく。
「レストさんがそう仰るのであれば、私もできるだけのことはさせていただきます」
「それこそ、申し訳ないんだけど……セレスティーヌの方だって、動く理由は無いんじゃないかな?」
「いえ……この村には色々とビジネスチャンスが眠っていそうですから。あくまでも利益のためにですよ」
セレスティーヌもまた、彼女なりにこの漁村に対して価値を見出しているようだ。
休暇中だというのに、レストもセレスティーヌも働くことになってしまった。
結局のところ……レストもセレスティーヌもある種のワーカーホリックなのだ。
レストは前世では学生でありながらバイトをいくつも掛け持ちする苦学生、転生後もひたすら勉強や魔法の鍛錬、貴族としての義務に従事してきた。
セレスティーヌもまた、公爵家の令嬢として幼い頃から勉学に励み、いくつもの習い事をしている。成長してからは仕事ばかりの日々だった。
どちらも、素直に休暇を楽しめるようなタイプの人間ではなかったというわけである。
「それじゃあ、魔物について他に知っていることがあったら聞かせてもらおうか?」
「え、えっと……」
目の前にいる少女と母親、周りで話を聞いていた村人から魔物についての情報を聞いた。
その魔物の姿をハッキリと目にした人間はいないそうだが、大きなサメやウミヘビのようなものだと思われていた。
体長は漁船よりもずっと長くて、ただ海を泳いでいるだけで波が生じて、船がひっくり返る。
積極的に人間を襲ったりはしていないそうだが……ただ泳いでいるだけで、漁師達に被害が生じている。
「人間を捕食したりはしないのか……人喰い鮫とかとは、ちょっと違うかな?」
レストの頭に浮かんだのは、シャチやクジラである。
元の世界において、海のギャングなどと称される最強の海洋生物……シャチであったが、意外なことに人間を襲うことはあまりないそうだ。
人間はアザラシなどと比べて脂身が少なくて美味しくなく、おまけに人間を襲うと駆除されてしまうことをシャチはわかっているらしい。他の生き物と間違えて襲ったり、じゃれついて死亡事故を起こすこともあるそうなので一概には言えないが。
クジラもまた、人を襲う生き物ではない。クジラの食べ物は小魚やイカなどであり、漁師やダイバーが飲み込まれそうになる事故はあっても、すぐに吐き出すのだと聞いたことがある。
「もしかすると、漁師の皆様が獲っている魚目当てなのかもしれませんわ」
「とはいえ……放置はできないか。実際に怪我人が出ているわけだからね」
たとえその魔物に悪意がなかったとしても、人間から被害が出ている以上は対処をしなくてはいけない。
レストはあくまでも人間の味方。海洋生物よりも、人間を優先的に守らなくてはいけないから。
「ちなみに……その魔物が出る場所や時間帯などはわかるのかな?」
「うーん……ちょっと、わかりませんね……」
レストの問いに、村人が少しだけ考えて答える。
「襲われた時間帯はバラバラですね。比較的、沖の方が魔物が出やすいから、村の傍で漁をしているんですけど……」
「ウワアアアアアアアアアアアアアッ!」
会話を断ち切るかのように、悲鳴の声が上がってくる。
声の方に視線を向けると……海に浮かんでいる漁船で、漁師が騒いでいた。
「奴だ! 魔物が出たぞ!」
「船を戻すんだ! またひっくり返されるぞ!」
「運が良かったのか、悪かったのか……いきなりのお出ましだな」
レストは地面を蹴って跳躍して、魔法を使って海へと飛んでいった。
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