第216話 開拓が(とりあえず)終わりました
レストにとっては短すぎる夜が明けて、改めてワームが生息していた湿原へとやってきた。
「乾いているな……」
「ああ、乾ききっている」
レストの心が……というわけではなく、ワームと戦った湿原がである。
昨日、レストが引き起こした爆発の影響により……湿地だった場所には乾いた大地が広がっていた。
固く、ひび割れた地面の上にあるのは小高い山……などではなく、エルダー・ワームの死骸である。
爆発によって頭部を失った巨大なワームが横たわり、その身体を鳥の魔物がついばんでいた。
「まさか、こんなに巨大なワームが実在するなんて……」
「まさに『エルダー』ですね。レスト様のネーミングは正しいようです」
ワームの死骸を見上げて、オストレーとアーリーが呆れ混じりの口調で言う。
「うーん……これはさすがに食べきれそうもないな。少しだけ切り取っていくだけにしておこうか?」
「やめろ。断固阻止するぞ」
ユーリが不穏なことを口にしたので、釘を刺しておく。
「研究のためなどで素材を持ち帰る分には止めないけど、食用として持って帰るのなら絶交だ。断じて許さない」
「ム……絶交は困るな。やめておこう」
譲らない意思を見せると、ユーリが「シュン……」と項垂れて断言した。
背中に垂れ下がった尻尾の幻影が見えたが、ここは譲歩できない部分である。
「そうですな……人を呼んで、解体させて運びましょうか」
オストレーが少しだけ考えて、そんな提案をする。
「ワームは竜の仲間。ドラゴンは鱗一枚でも高値で取引されますし、このワームの死骸はかなり損傷が激しいですが、それなりの金額にはなるでしょう。売却した金額はもちろん、クローバー伯爵の物になります」
「そうか……輸送費などの手間賃はそこから引いておいてくれ」
「かしこまりました」
丸焦げになったワームにどれほどの値段がつくのかは知らないが、一晩の労働には十分に見合うはずである。
「……ありがとう」
「ん?」
ウルラが袖を引っ張ってきた。
振り返ると、昨晩も見た鮮やかな色彩の瞳がレストを見上げている。
「ありがとう……とても、助かったです……」
「ああ、どういたしまして」
エルダー・ワームが倒されたことで、この場所の開拓も飛躍的に進むはず。
レストの魔法によって湿地が乾地になってしまったが、しばらくすれば水気も戻ってくることだろう。
(東の大貴族であるラベンダー辺境伯家に貸しを作ることができたし、数日の成果としては十分だよな)
クローバー伯爵家の……そして、主家であるローズマリー侯爵家の未来は明るい。
色々と……本当に色々とあったが、ここでの問題は解決である。
(西側の開拓もほとんど終わっているし、後は人任せで良いな)
長かった開拓フェーズもいい加減に終わりである。
今後は時間をかけて自分に与えられた土地に町を築きつつ、自分の好きなこともやったりして、のんびりと過ごすとしよう。
(ああ……王太后のことも調べなくちゃな……)
「はい」
「あ……何?」
今後のことを考えていると、ウルラが何かを差し出してくる。
レストが思わず、受け取ってしまうと……それは紫色の宝石が嵌め込まれた宝石だった。
(紫色……アメジストかな?)
宝石には詳しくないが、何となくそんな気がする。
「おれい」
「御礼……プレゼントということかな?」
「そう」
「フーン……」
レストは指輪をマジマジと見つつ、思案する。
その指輪はそれほど高価そうには見えなかった。
台座部分は古びてくすんでいるし、宝石も小さい。
本当にただの気持ち……心付け程度の品のように思えた。
(紋章とかも入ってないし、家宝の品とかじゃ絶対にないな)
「あげる。もらって」
「いや、でも……」
「もらって」
返そうとすると、グイグイと押し返してきた。
いつにない強い態度である。控えめなこの子にしては自己主張が激しい。
「わかった……それじゃあ、もらっておく」
仕方がなしに、レストは指輪を懐にしまった。
ウルラが安堵の表情になり、頬を紅潮させて満足げに頷く。
「よい」
「…………?」
レストは首を傾げながら……「まあ、良いか」とこれ以上は考えないでおいた。
ワームを討伐して、サブノック平原の開拓に関する問題が一通り片付いた。
これにて、レストもお役御免。
久しぶりに王都に戻れるようになったのである。
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