第215話 やっぱり、眠れない
狭いテントの中、複数の寝息が聞こえてくる。
「スピー、スピー……」
「……結局、こうなるんだな」
キャンプ地に戻ったレストは独断専行についてたっぷりと説教を受けてから、就寝した。
すでに夜明け近い時間になっていたが……だからといって、眠らないわけにはいかない。
ワーム肉のせいで興奮してしまい、今晩は一睡もできていないのだ。
意識は覚醒していても、激しい戦いにより肉体が休息を求めている。
できれば、泥沼に沈むように眠りに落ちたいところなのだが……そうもいかない、事情があった。
「ムニャムニャ……もう、食べられない……教室いっぱいの豚足はダメだよ。牛さんまで飛び込んできたら……」
「……どんな夢だ」
やけにハッキリとした寝言を口にしているのは、やっぱりユーリである。
ユーリはレストにくっついて眠っていた。
細く、しなやかな四肢がレストの身体を抱きしめている。
いかに女子の細腕であったとしても、レストよりも筋力ははるかに強い。
抜け出すことはおろか、このまま絞め殺されやしないか恐ろしいくらいである。
キャンプ地に戻って休むことにしたレストであったが……もう逃げないようにとユーリと同じテントで眠ることを強要されていた。
結界を張るために必要だからと、一人で寝ていたはずなのだが……事前に十分な魔力を注いでおけば、離れていても結界は維持できると自ら証明してしまった結果である。
先ほど、結界には魔力を注ぎ直している。夜明けまでは十分に保つことだろう。
「ああ……豚足とロースがケンカを……」
「ムウ……」
逃がすなとばかりに、ユーリがしがみついてくる。
胸やら太腿やらが容赦なく押しつけられて、やわやわの感触を主張していた。
もはや、事後でなければ説明がつかない状況である。
もしもここにユーリの父親がいたのであれば、発狂してバーサーカーと化していたことだろう。
「肉が……お肉が……」
「……肉はお前だよ。食ってやろうか」
などと口にできるあたり、まだ余裕があった。
もしもワーム肉を食べた直後の状態であったのなら、間違いなく襲っていた自信がある。
「すやすや……」
鋼鉄の自制心によって耐えているレストであったが……ユーリに手を出すことができない理由がもう一つある。
それはユーリと反対側に眠っている少女の存在だ。
「すやすや……」
「お前もか……ウルラ」
そこには、ウルラ・ラベンダーの姿があったのだ。
ウルラはユーリと同じテントで眠っている。
別のテントに移ってもらう手もあったのだが……何故か、当たり前のようにそこにいた。
「すやすや、すやすや」
「……そんなに見ないでくれ」
しかも……非常に恐ろしいことに、ウルラは眠りながら両目は「カッ!」と見開かれている。
眠りながら半分、目が開いている人間がたまにいるが……どうやら、ウルラは両目を全開にしながら眠るタイプらしい。
眼球が飛び出すんじゃないかと思わんばかりの両目が真っすぐ見つめてきており、何故だか後ろめたい気持ちになってくる。
「…………」
(それにしても……不思議な虹彩の色をしているな……)
ウルラの瞳を見返して、レストはふと思った。
パッと見た時は紫水晶のような色彩をしているかと思ったのだが……よくよく見ると、瞳が虹色に輝いているように見える。
猟奇的な話であるが、これが宝石だったのならさぞや高値がつくことだろう。
(この目に俺が映っていると思うと悪い気はしないが……正直、見張られているような気分で居心地が悪いな……)
「スピー、スピー……チキンのかちー……」
「すやすや……」
「こんな状況で、眠れるのか……俺は」
二重の意味での気まずさを感じながら、レストはどうにか三十分だけ睡眠をとることに成功したのである。
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