第222話 学園長の憂鬱
「すまぬのう……レスト君」
レストが出ていって扉を見つめて……学園長であるヴェルロイド・ハーンは溜息交じりの謝罪を口にした。
レオナルド・ガスコインについて問われた学園長であったが……レストに対して、説明していない事実があった。
騙したわけではない。
レストには……貴族とはいえまだ学生であり、二十年も生きていないレストが知るべきことではないと判断したのだ。
(ガスコイン卿がわざわざ出向いてまで目にかけるということは……おそらく、レスト君は転生者という者達なのだろうな)
レストはその辺りをぼかしていたようだが、学園長は曖昧にしていた部分を見抜いていた。
学園長は知っていた。
この世界には『転生者』と呼ばれる存在がいて、大昔から様々な部分で世界に影響をもたらしているということを。
『賢人議会』の中核メンバー……『惑星』と名乗っている者達は、いずれも異世界から転生してきた者達なのだ。
(王太后……フレデリカ嬢もまた、転生者だった。当時のワシにもっと力があれば、彼女が堕落するのを防ぐことができたというのに……)
学園長が苦々しい表情になる。
王太后……フレデリカ・アイウッドと学園長は面識があった。
学園長は暴君に見初められ、無理やりに妻にされる彼女を救い出すことができなかった。親友でもあった彼女の婚約者を守れなかった。
それゆえに……王太后は堕ちてしまった。力の使い方を間違えてしまったのだ。
(私に今のような力と地位があれば、あるいは救い出すことができたものを……)
当時の学園長は少し優秀なだけの魔術師でしかなかった。
『賢人議会』に入会する前であり、今のように国王に意見できるほどの影響力は持っていない。
仕方がないことだ。仕方がないはず。
それでも……救えたかもしれない女性が堕ちていくのを見ていることしかできず、無力さに打ちひしがれた記憶は何年経っても消えなかった。
「レスト君……しっかりやりなさい。もっともっと強く、逞しくなりなさい……」
この場にいない少年に呼びかけながら……かつて、彼が入学試験の面接で口にしていた言葉を思い出す。
『……幸せになりたいんです。成功者と呼ばれるような人間になりたいんです』
『親から愛されなかった、家族であるはずの人間達に虐げられた劣等感は今も消えていません』
『思い合うことができる家族、愛しあうことができる家族……ケンカすることはあっても一方的に虐げたりすることはない、心の奥底でちゃんと通じ合える家族が欲しいんです……出来るだけたくさん』
レストが口にしていたのは、人として当たり前の願いであったが……それが如何に困難であるかを学園長は知っている。
(『賢人議会』が人の世の平和のために動いているように……この世界には世を乱すことを目的とした敵がいる。戦乱を望み、人界の終末を願っている者達がいる)
『賢人議会』と敵対する組織の存在……レストがそれを知るのはまだ早い。
彼らの存在を知っているのは、学園長のような『賢人議会』のメンバーを除けば、各国の首脳陣だけなのだから。
(いずれ、レスト君が大いなる力を有した転生者であることを奴らも知るだろう。連中はレスト君を放っては置かない。フレデリカ嬢を堕落させたたように、レスト君のことも人間の敵として引きずり落とそうとするだろう……)
ガスコインはそれを恐れている。
レストが敵の手に落ちることを恐れて、釘を刺したのだ。
「君の夢を叶えるためだ……もっともっと、強くなるのじゃよ」
大切な家族を手に入れられるように、守り抜けるように。
レストにはもっと強くなってもらいたい。
(君が自らの手で大切な人を守れるようになるまで……ワシがまだまだ、頑張らねばな……)
学園長は改めて、己の心身に喝を入れる。
隠居をするのはまだ早い。
腰が痛くとも、若い頃のように魔力が練れなくなっていたとしても……まだまだ現役で頑張らなければならない。
若者を育てて、未来を託す。
それが老いさらばえた先駆者として、そして教育者としての義務なのだから。
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