第223話 ラベンダー辺境伯家の変①

「ウルラ! 貴様……何のつもりだ!?」


 平原開拓の初期段階を終えて、ラベンダー辺境伯家に帰還したウルラ・ラベンダーであったが……彼女を迎えたのは祖父の怒鳴り声である。


「ん……」


 ウルラが溜息混じりに、屋敷のエントランスまで出てきた祖父を見やる。

 どこか非難するような眼差しを向けられ、ウルラの祖父……ルーザー・ラベンダー六世がわずかに怯んだ。


「な、なんだその目は……祖父にそんな反抗的な目を向けることを許した覚えはないぞ!?」


「…………」


「ええい! その目をやめろと言っているだろうが!」


 いつになく反抗的な様子のウルラに、ルーザーが手を振り上げる。

 そのままウルラの顔を張り飛ばそうとするが……すんでのところで、従者のアーリーが割って入る。


「御当主様、落ち着いてくださいませ」


「邪魔だ! どかんか!」


「使用人の目があります。重ねて、落ち着いてくださいませ」


「ヌッ……!」


 そこでようやく、ルーザーが周りの空気に気がついた。

 屋敷のエントランスには、使用人や兵士など、少なくない人間がいる。

 彼らはルーザーの変貌に唖然としていた。


「グヌウッ……こちらへ来い! 話がある!」


 ルーザーが先導して、ズンズンと廊下を奥に歩いていく。


「ありがと」


「いいえ、滅相もございません」


 アーリーに礼を言ってから、ウルラが祖父の背中を追いかける。

 連れて行かれたのは当主の執務室だ。

 ウルラとアーリーが中に入ると、ルーザーがどっかりと椅子に座った。


「指輪をどこにやった? お前が盗んだのだろう?」


 先ほどよりも幾分か落ち着いた様子で、ルーザーが訊ねる。

 落ち着いたとは言ったものの、眉間に青筋が浮かんでおり、顔は真っ赤で今にも高血圧で倒れてしまいそうだったが。


「あの指輪は間違いなく、隠し金庫にしまってあったはずだ! 盗めるのはお前しかいない!」


「…………」


「さっさと返せ! アレがどういう物か知らぬわけがないだろう!?」


「あげた」


 ウルラが短い言葉で答える。

 そっけなく、虹色の瞳に挑戦的な感情を湛えて。


「あげた……あげた!? まさか、アレを他人に渡したとでも言うのか!?」


「そう」


「ふざけるな! そんな馬鹿なことがあってたまるか!」


 ルーザーが執務机を殴りつけた。

 頭から蒸気が噴き出しそうなほど顔を真っ赤にして、ギャンギャンと吠える。


「アレは……あの指輪は我らが『影』の主人たる物だ! それを他者にゆだねるなど、心臓を差し出すようなことではないか!」


 先日、ウルラ・ラベンダーはある男に指輪を渡した。

 その指輪はラベンダー辺境伯家が抱えている『影』……つまり、隠密部隊を動かすためのものだった。

 指輪が無ければたとえ当主であっても『影』に命令することはできない……そう決まっている。


「この……この、愚か者、愚か者めえ……!」


「別に、いい」


 興奮のあまり声が上擦っている祖父に、ウルラが冷たい声で言う。


「預けた。信頼」


「信頼できる方に預けたので問題ないと、お嬢様は仰っております」


「ワシから奪っておいて、何をほざくか! この恩知らずの娼婦の子め!」


 アーリーによって通訳された言葉に、ルーザーがますますヒートアップした。

 普段であれば、思っても口にしない罵倒を孫娘に容赦なくぶつける。


「恩知らずが……無能で役に立たない息子と、おかしな占いだけが取り柄の娼婦の子を育ててやったというのに、その恩を忘れたというのか! 貴様の教育にいくら金をかけたと思っている!?」


「…………」


「お前はラベンダー辺境伯家の道具として、帝国を滅ぼすことだけを考えていれば良いのだ! せっかく都合の良い人形として育てたというのに、今更くだらぬ自我になど目覚めるんじゃない!」


「殺した」


 ウルラがポツリと言う。


「あ……?」


「殺した……お父さんとお母さんを、殺した……!」


「ッ……!」


 ギクリとルーザーが固まった。

 先ほどまでとは打って変わって、顔が青ざめていく。


「な、何を……」


「殺した。貴方が……父と母を殺した。私、知っている」


「…………!」


 ルーザーがパクパクと魚のように口を開閉させる。

 あからさますぎる反応が示しているのは……肯定。

 ウルラの口にした言葉を裏打ちしているような、わかりやすいリアクションだった。

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