第224話 ラベンダー辺境伯家の変②

「何を馬鹿な……ワシが息子と嫁を、そう、二人を殺すわけがないじゃろうが……!」


 ルーザーが顔を真っ青にして、唇を震わせるようにして弁明する。


「息子は帝国に殺されたのだ……そう、帝国に潜入調査中に、奴らの手にかかって……」


「違う」


 ウルラがフルフルと首を振った。

 祖父の抗弁を切って捨てて、容赦なく真実を突きつける。


「父は、帝国と和睦するつもり、だった。だから、貴方は殺した」


「ッ……!」


「母は、私を連れて逃げる、だった。だから、貴方は殺した」


「ち、違う!」


 ルーザーが勢いよく手を振った。

 その拍子に執務机に置かれていた物がバラバラと落ちていき、こぼれたインクが床に広がっていく。

 ルーザーの顔は青を通り越して、紙のように白くなっている。

 その反応がウルラの言葉が事実であると物語っていたが……老人はなおも叫んだ。


「違う、違う違う違う……ワシは悪くない、そう……悪くないのじゃ!」


「…………」


せがれは……奴は甘いことを、帝国とわかりあえるなど、ルーザーの名を継ぐのにふさわしくないことを……! 潜入調査の任務を放り出して、帝国の貴族と接触を……許されんぞ、死んでいった祖先に顔向けができぬ!」


「だから、殺した?」


「あの女もそうだ! 精霊眼という特殊な力があるから迎え入れてやったのに、倅が死んだ途端に逃げようとした! 産まれた子供を……ワシの血を継いだ孫をさらおうとしたのだ……許されぬ、許されぬぞお!」


「だから、殺した?」


「帝国が悪いのじゃ! 全て全て、ラベンダー辺境伯家が宿敵である帝国のせいなのじゃあ!」


「…………」


 叫ぶ老人に、ウルラがほんの少しだけ悲しそうな顔をする。


「ゲベッ……」


 そして、次の瞬間。

 ルーザーの首筋に細い針のような物が突き刺さる。

 針が飛んできたのは部屋の窓からだった。わずかに開いた窓から、木の筒のような物が入り込んでいる。


「ベベッ……グゲエ……」


 ルーザーが顔を真紫色にして床に倒れて、ピクピクと痙攣する。

 そんな祖父を見下ろして……ウルラが目を細めた。


「さんきゅー」


「いいえ、私達は使命を果たしただけですので」


 答えたのはアーリーである。


「我ら『影』の部隊……『空魔』はラベンダー辺境伯家に父祖代々の御恩があり、身命をとしておつかえしております。礼の言葉など不要でございます」


「ん」


「とはいえ……指輪を手放してしまった以上、従わぬ者もいるでしょう。本当に彼に渡して良かったのでしょうか?」


「無し」


 問題無いということである。

 ラベンダー辺境伯家に従属している隠密部隊……『空魔』。

 彼らを完全に従えるためには指輪が必要だが、指輪が無くともカーリーのように従ってくれる人間はいる。

 今のウルラにとっては、それで十分だった。


「……別に良かった」


 倒れた祖父を見下ろして……ウルラは溜息混じりにつぶやいた。


 そう……別に良かったのだ。

 父を殺した仇、母を殺した仇であっても……育ててくれた祖父には違いない。

 もしも謝罪の言葉が一つでもルーザーの口から出てきていれば、許してあげても良かったのだ。


 だけど、謝罪はなかった。

 手加減をする理由もまた、同時に消えてしまったのである。


「別に、良かった」


 ウルラは知っていた。両親を殺害したのが祖父だということを。

 精霊の眼を持っている彼女に、嘘をつくことができる人間は少ない。

 それでも、感情が乏しいウルラには憎しみという気持ちもなかった。

 恋をするまでは。レストと出会うまでは。


「じゃま」


 そう……邪魔なのだ。

 過去にとりつかれた亡霊、復讐の鬼であるルーザー・ラベンダーは将来的にレストの邪魔になるだろう。

 だから、消えてもらわなくては困る。

 精霊眼を利用して指輪を盗み出し、レストに譲り渡す前にルーザーを撃つように命じておいたのだ。


「まだ生きておりますが……どうされますか?」


「いい」


 どうでもいい。

 ルーザーはまだ生きているようだが、もはや再起不能である。

 何もできなくなった老人に興味はない。


「がんばる」


「はい、お嬢様。これから頑張って、ラベンダー辺境伯家を掌握いたしましょう」


 この家は遠からず、レストの物になる。

 そうならなかったとしても、レストの子供が継ぐはずだ。

 何故なら、ウルラがそう決めたから。


「がんばる、がんばる」


 レストにゴミを押しつけるわけにはいかない。

 いずれこの家を捧げるまでに、膿を出しきっておかなくては。

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