第251話 怪物の苛立ち

 いくつもの篝火の明かりの下、大勢の人間が踊りながら笑声を上げる。


「宴じゃあ!」


「飲め飲め! 酒を飲め!」


「フカの刺身もあるぞい。鍋も良い味が出てるわい!」


 その日の夜も宴会が開かれた。

 前回と異なっているのは、宴会の会場になったのが旅館ではなく、浜辺であったことだけである。

 煌々と篝火が焚かれている砂浜に村人全員が集まっており、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎとなっていた。

 宴会の真ん中に置かれている主菜は、レストが獲った一角鮫。村人によって解体されたそれが刺身にされ、鍋にされ、村人に美味しくいただかれている。


「ほれほれ、踊りをおどるぞい!」


「歌も歌え! さかな~、と~るな~ら~」


「ほいや、ほいや!」


 宴は昨日以上に盛り上がっていた。

 村人達は砂浜で歌い、踊り、飲み、食べている。

 砂浜は日が沈んだ夜とは思えないほど明るくなっており、大勢が楽しそうに笑っている。


『…………』


 そんな宴会を秘かに覗いている者がいた。

 暗い海の中から目だけを出して、砂浜で宴会を開いている村人を憎々しそうに見つめている。


「ギャアア……!」


 悔しそうに唸っているのは、その漁村を襲っている魔物だった。

 人間の村を見つめているその瞳にはどこか悔しそうな色が宿っている。

『彼』は人間が好きだった。正確には……人間を痛めつけて、悲鳴を上げさせるのが好きだった。

 だから、この漁村を襲っている。

 生かさず殺さず、適当に嬲りながら苦しめて、玩具にして遊んでいた。


 だが……突如として現れたおかしな人間によって、その楽しみに水を差されてしまった。

 その人間はこともあろうに、『彼』に反撃をしてきたのだ。

 痛烈な雷を浴びせかけ、痛い思いをさせられてしまった。

『彼』にとってそんな雷は致命傷にならないものであったが、それは譬えるのならネズミに噛まれたようなもの。

 命には障らずとも、鬱陶しいことには変わりない。

 むしろ、か弱い人間に一矢報いられてしまったことへの悔しさが強かった。


「ギャア、ギャア」


 そんな悔しさから、人間が大切にしていたおかしな施設……牡蠣の養殖場を破壊してやったわけだが、大切な物を壊されたはずの人間が楽しそうに騒いでいる。

 何とも、忌々しいことである。


「ギャ……」


 人間どもを襲って、喜びの声を悲鳴に変えてやりたい。

 そんなことを考える『彼』であったが……もしかすると、あそこに雷を放ってきた人間がいるかもしれない。

 人間を虐めるのは大好きだが、痛いのは嫌だ。


「ギャア……!」


 ならば……と『彼』は浜辺から目を逸らし、別の方向に目を向ける。

 ゆっくりと暗闇の海を泳いでいき、向かうのは同じく人間が大切にしていた施設。真珠の養殖場であった。

 今度はここを壊してやろう。今度こそ、彼らをガッカリさせてやろう。苦しめてやろう。

 裂けた口を醜悪に歪めると、長い尾を振って養殖場に叩きつけようとした。


「よし、かかった!」


 闇の中、鋭い風切り音が響いた。

 次の瞬間、ブスリと低い音と共に『彼』の尾に激痛が走った。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


「命中、二発目だ!」


 予想外の痛みに『彼』は驚いて、尾を引っ込めようとする。

 しかし、尾が上手く動かない。よくよく見れば、黒くて長いロープが陸地と『彼』の尾を繋いでいた。

 わずかな間をおいて、再び激痛。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「やっぱり、現れたか……性格の悪い奴が考えることは読みやすいよな」


「ギャアッ!?」


 オレンジの炎が灯され、光の下に人影が浮かび上がる。

 そこにいたのは若い男性だった。『彼』には人間の区別などつかないが……直感的にかつて自分に雷を撃ち込んだ相手であるとわかる。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「三発目だ」


 痛みと怒りに叫んでいる『彼』に向かって、その青年……レスト・クローバーは金属製の銛を撃ち込んできた。






――――――――――

限定近況ノートに続きのエピソードを投稿しています。

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